『追放者達』と追放せし愚か者達・2
取り敢えず、毎度お決まりの閑話となっております
アルカンターラから『とあるダンジョン』へと向かおうとすると思うと、その殆んどが通る事になる衛星都市の一つ。
近くに、汎用性は無いが専門性が高く、それでいてソコでしか採取できない素材が在る事で、一部界隈で名が知られている森があるその都市の一角、とある酒場にて数名の男女が一つのテーブルを囲んでいた。
「…………クソッ!あの連中、またかよ……!!」
そう怒鳴り声を挙げながら、乱暴に机へとジョッキを叩き付けるのは、冒険者パーティー『森林の踏破者』に所属する冒険者の一人であり、パーティーに於いては前衛を務める重戦士であるギリギスその人だ。
只人族の平均身長からはそこまで大きくは逸脱していないが、それでも前衛らしくガッシリとした厳つい体格をしており、平素から冷静で落ち着きの在る人物……とは言い難い言動が目立つ人柄ではあったものの、何もなければこうまでして荒れるのが当然、と言うほどに粗暴では無いと少し前迄は認識されていたのだが、その認知も改める必要が在る様子だ。
そんな彼を宥める様に、自身も多少の苛立ちを抱えながらも声を掛けるのは、彼も所属するパーティー『森林の踏破者』のリーダーでもあるトッド。
自らの密かな自慢である細やかな金髪を指で額から払い、種族特性である細長い耳に掛けると、自らの職業でもある中衛職の魔法剣士が好んで使う、魔石を埋め込んで杖の能力を持たせた剣の柄頭に手を置きながら口を開く。
「…………落ち着け、ギリギス。そう荒れても、事態は変わらないぞ?」
「……そうは言うがよ、だからってコレが荒れずにいられるか!
お前も見ただろうが!あの連中の、俺達を蔑む様な視線を!!
あんな、他人に寄生しないとまともに依頼もこなせない様な、そんな連中にだぞ!?
お前は、それでも構わないって言うつもりかよ!?」
「良い訳が無いだろうが!?」
落ち着かせるハズが自らも激昂してしまい、怒声を挙げながらテーブルへと拳を振り下ろすトッド。
その音により、店内の視線がそこへと集められるが、発生源が『彼ら』だと分かった途端に口々に悪態を吐き、嘲笑を浮かべながら視線を元の方へと戻して行く。
そんな周囲の反応にも苛立ちを顕にしながら周囲に鋭い眼光を走らせたギリギスが、自身と同じ様に怒声を張り上げたトッドへと視線を戻す。
それにより、先程よりかは幾分か落ち着いた顔色になっている事を確認したトッドは、自らも苛立ちを奥底まで押し込んで落ち着けた声色にて再度口を開く。
「……怒鳴って悪かった。だが、現状は厳しいって事は君も分かってるだろう?
俺達の能力は変わって無い。それは、間違いない。
……だが、ソレを支える輸送力を、俺達は切り捨てた。そこは、必ず把握して欲しいんだよ」
「……だからって、お前はあんな扱いを受けて納得出来るのか!?
あの連中の目を見ただろう!?
あの寄生虫共、俺達を下に見てただけじゃなくて、あんな一方的な条件まで突き付けて来やがったんだぞ!?」
「……確かに、アレは私も『無い』って位に一方的な条件だったと思うけど、あそこまで下手に出る必要って在ったの?
私達は『森林の踏破者』だよ?少なくとも、あの森を狩り場にしてる冒険者の中ではトップに立ってるはずの、私達のパーティーへの勧誘なのに、あそこまで渋るのってハッキリ言って異常じゃない?」
「…………残念ながら、少し前に契約を切ってしまった彼が、在ること無いこと関係無く従魔士の会合で、俺達の悪評をぶち撒いたから、だろうね……それと、コレも関係していなくは無いんじゃないのかな?
多分、彼女程の人材を簡単に手放すのであれば、自分達もどんな扱いをされるのか分かったモノじゃない、と言った処じゃないか?
俺としても、非常に腹立たしい限りだけど、ね……」
そう言ってトッドの手によって広げられた紙は、冒険者ギルドによって定期的に発行されている会誌であったが、その表紙には
『新記録!結成から最速でAランクに至った、新進気鋭のパーティー!その名も『追放者達』!!』
との見出しがデカデカと書かれており、その見出しの下には、彼らが追放した従魔士が、新たな仲間と共に並んで描かれていた。
その紙面へと憎々しげに視線を送り、片手にて乱暴に握り潰したトッドは、得た報酬の半額を渡す事や、収得した素材の優先権を渡す事等の条件を突き付けて来た従魔士達への不当な怒りを燃やすと共に、次に彼女を目にした時には、例えどんな手を使ったとしても決して逃さない!と己の心に誓いを立てるのであった……。
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「…………なぁ、コレ、マジだと思うか……?」
アルカンターラから東に伸びる大街道に沿って造られた無数の計画都市。
その中程に位置する都市の一つの一角に在る宿の一室にて、とある獣人族の男が同室の者へと問い掛ける。
その声には、かつて漲っていた気迫や、自信に裏打ちされた傲慢さ、自らの出自に対する自尊心や、他人を蹴落としてでも成り上がる事への執着心と言ったモノが抜け落ち、何処か弱々しさすらも感じられる程となっていた。
それもそのハズ。
何せ、かつては彼の兄程では無いにしても立派な体格を誇っていた肉体は無惨にも萎み、全身を覆う毛並みは艶を喪って荒れ果て、所々に禿げが出来ている様な状態となってしまっている。
かつては縦横無尽に振り回していた自らの愛刀は、今では彼の体に重くのし掛かり、必要な場面にのみ抜き放つ事で体力の消耗を抑える事をしなくては、碌に依頼をこなして日銭を稼ぐ事も出来無い程である。
そんな、以前の彼を知る者からは『最早別人では?』と言われる程に弱り果てた姿を晒すその獣人族こそ、彼が手にしていた冒険者ギルドの会誌の表紙を飾るガリアンの弟にして、彼を『引き裂く鋭呀』から追放したグズレグその人であった。
弱々しく会誌の表紙を撫でる彼の手を、同室の者がその上から手を被せて労る様に撫で擦る。
その手つきは慣れたモノであり、確かな『愛情』が感じられるモノであった。
……しかし、ソレを成している者は、彼と同じくその者の過去を知る人物であれば『嘘だろう!?』と驚く事間違いの無い人物であった。
……そう、その人物こそ、彼と同じ部屋に在り、弱りきっているグズレグに寄り添う獣人族の女性であり、かつて彼の兄の婚約者を務め、今は彼の婚約者の地位に在るサラサであったのだが、彼女もグズレグと同じ様に弱り果て、窶れ切った姿を部屋に備え付けられたランプの灯りに晒していた。
「…………えぇ、そうね。ギルドで貰ったモノだから、多分本物なのでしょうね。
……でも、分かっていた事でしょう?彼なら、ガリアンなら、この程度の事は出来てしまうんじゃないのか、なんて事は、ね……?」
「………………あぁ、そう、だな……兄者なら、この程度、俺達みたいな重石が無くなり、頼れる仲間が出来たのならば、軽く成し遂げられるだろうなぁ……」
「…………まだ、あの人の事を、恨んでいるの?
私達の今は、私達が原因だって事位は、もう呑み込んだハズでしょう……?」
「…………あぁ、当然、だろう……?
兄者を追放して、調子に乗った俺達は、無茶な依頼を受けては失敗し、ソレを認めずに酒や薬に走った……そのお陰で、国の実家からは、目を見張る程の成果を挙げなければ、二度と門戸を潜らせない、と、実質的な絶縁宣言まで貰っちまったからなぁ……。
そのお陰で、半ば無理矢理薬や酒を抜く事が出来たけど、その代わりにまともに依頼をこなす事も出来なくなっちまったな…………でも、俺は今の方が、お前とより深く解り合えてる今の方が、以前の健康だった時よりも、ずっと幸せな気がするんだ……」
「…………えぇ、私も……かつて、お金に苦労せずに彼や貴方相手に癇癪をぶつけ、金切り声を挙げていた時よりも、今の不自由でその日の糧にも困るけれど、貴方とはより心から寄り添えていると感じられる今の生活の方が、何故か心地好く思えます。
………………ただ、一つだけ、心残りが……」
「…………あぁ、俺も、だよ……。
実家から、催促されている通りに、俺達はこれから、彼の大迷宮に、挑む事になる……。
ソレ自体は、別に構いはしない。俺の自業自得だから、な……でも、二つだけ、心残りが、在る……一つは、お前。
どうにか、助けられないかと、ごねてみたが、やはり兄者を共に、追放したが故に、お前を見逃す事は、家の矜持に掛けて、無理なのだそうだ……」
「…………えぇ、そう、でしょうね……。
私も、どうにか出来ないかと実家を頼ってみましたが、やはり彼を追放した事が大きく、聞き入れては頂けなかったみたいですが……今更、貴方一人を死地に送る事も、一人で残されるのもゴメン被りますから、ね……?」
そう言って、窶れてはいるものの、以前よりも美しくなった様に感じられる顔に柔らかく微笑みを浮かべながら寄り添うサラサに対し、グズレグも微笑みを返してから彼女の肩を抱き寄せる。
そして、本当の意味で悔恨の残る声色にて、せめて死地にて散る前にもう一度顔を合わせたかった相手に対しての言葉を空気の中へと霧散させるのであった。
「………………であるのならば、せめて何処かで、最後の心残りを、兄者に対しての謝罪を成せる様に、祈らねばならぬ、な……俺達が、彼の大迷宮、『死の坩堝』へと、辿り着く、その前に……」
片や反省の色無し
片や謝罪する事を望むも時間無し
……どうしてこうなった?
一応次回から次章に入る予定です
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