暗殺者、惑わされる

　

　ヒギンズを筆頭に『追放者達(アウトレイジ)』のメンバー達が激怒し、セレンに貞操の危機が迫りつつあったのと同じ時。

　彼らのリーダーにして、一番の危機に直面しているセレンの恋人でもあるアレスの姿は、とある公園の近くに存在していた。

　その瞳は虚ろで、足取りも危うげな様子は、既に日付が替わろうとしている時間帯と言う事と、彼の身体から確かなアルコール臭がする事から、擦れ違った人々からも只の酔っ払いだろうと認識されてしまっているが、その実としてはそんな生易しいモノでは無く、もっと恐ろしくおぞましいモノであったのだが、ソレを知る産物は公園にて彼を待つ人影だけであった。

「……あ～！やっと来てくれましたね、アレス様！

　私、一人でずっと待っていたんですよ～？女の子を待たせるなんて、アレス様ったら酷い人なんですから～。

　まぁ、そんなアレス様も大好きですから、私は幾らでも待てますけど♪」

「…………お前、一体、俺に、何を……！？」

「…………あれ？もしかして、もう抜け掛けてます？

　おっかしいなぁ～、かなり『攻略度』が進んでいないと発生しない『イベント』を、私の力を使って無理矢理にとは言え確りと発生させたんだから、もう私の事を好きになってくれてるハズなんだけどなぁ～。

　それに、そうそう簡単に抜けない程度には、強めに掛けてたつもりだったんだけど、やっぱり操り人形にしない程度に留めておくのって難しいですねぇ」

　少し前に彼へと囁き掛けた通りに、その公園にて彼を待ち構えていたのは、現聖女として教会から認定されている稀人の少女であるシズカ。

　そんな彼女の姿を目視し、声を掛けられた事によってそれまでの虚ろな様子から一変し、苦しそうに脂汗を流しながら絞り出した様な声にて彼女へと問い掛けるアレス。

　そんな彼の様子に、驚いた様な表情を浮かべながら探る様な視線を投げ掛けるシズカだったが、最後に何か不穏な言葉を呟いてから特に躊躇する様な様子を見せない足取りにて彼へと無造作に近付いて行く。

　自身の異常状態の原因が彼女だと理解しているアレスは、表情を険しく歪めながらも咄嗟に腰の得物を抜こうとするが、流石に普段とは勝手が違うらしくその速度は稚拙極まるモノであり、ソレなりに距離の離れていたハズのシズカが容易に接近する事を可能にしてしまう。

　そして、得物の柄に掛けられていた彼の右手をソッと抑えつつ、耳元へと口を寄せると、まるで物理的な粘度を伴っている様に甘く絡み付く声色にて、彼の耳元へと囁き掛ける。

「……もう、そんなに慌てないで、ね？

　ここにアレス様がいるって事は、私の事を愛してしまったと言うことでしょう？

　それに、今頃はあのオバサンが他の男をベッドに引き込んでお楽しみになってる、って事なのは私知っていますから、貴方も自分の心に素直になっても良いのですよ？」

「…………お前、何を……言って……？

　……それに、お前……俺に、一体、何を……！？」

「……ふふふっ！まぁ、この段に至っていれば、ばらしても大丈夫ですよね？

　ご心配なさらなくても大丈夫ですよ？私がした事と言えば、少しばかり私の事を好きになって貰う事と、ソレを不自然に思わない様にする程度でしかありませんから、ね？」

「…………つまり、魅了か……！」

「正解、と言っておきますね？

　まぁ、そうは言っても、何も問答無用で自身の操り人形に仕立て上げる、みたいな強力な能力(チート)じゃないですけどね？

　精々、私が接触した時間と濃密さに比例して最大値が決まり、その最大値を短時間に発揮させるか、もしくは弱めて長時間持続させるかどうかを選択できる程度でしかありませんから」

「……なら、あのパーティーメンバー達も、か……？」

「あぁ、あの『初代の攻略対象』達の事ですか？

　……まぁ、あの人達は、貰った魅了の力を試してみたら、予想外に早く解けちゃったみたいなんですよねぇ……はぁ、もう少し遅くまで強く掛かった状態になっててくれたら、アレス様と同じ様に私だけを愛し続ける私専用の『逆ハーレム』の一員にしてあげても良かったんですけど、一度解けちゃうと二度目以降は特別濃厚な接触をしないと掛かってくれないみたいなんですよねぇ……」

「…………自分で奪っておいて、随分な、言い様……だな……！」

「……あっ！もちろん、今はアレス様一筋ですからね？何せ、こっちに来た時は『続編の攻略対象』だったハズのアレス様が居るなんて思って無かったので、特に押して無かったあの人達で妥協しただけですから！

　それに、今の処はそこまでの強さで掛けて、私に夢中にした人は居ませんから！アレス様が初めてですから！そこの処は間違えないで下さいね？」

「…………はっ……！そんな初めて……糞喰らえ、だ……！」

「……んもう、素直じゃないんだから。

　そうやって、いつまでも強情を張っていても、良いことなんて何も無いですよ？

　あのオバサンは、今頃彼らと大盛り上がりでベッドを軋ませているハズですし、お仲間もここの事は知らないのでしょう？なら、諦めて私のモノになってくれません？

　私だって、大好きな人を洗脳紛いな事をしたくは無いんですから、アレス様ご自身の意思で私のモノになってくれませんか？

　ね？良いでしょう？」

「…………嫌に……決まってるだろうが、バカ垂れめ……！

　それに、彼女がそんな事……するハズが、無い……だろうが……！」

「……え～？なんでですかぁ～？

　あ、もしかして、まだあの無駄乳オバサンに遠慮してるんですか？だったら、それは無駄な気遣いですよ？

　さっきも言いましたけど、あの人はあの人達と今頃お楽しみになってるハズですからね？確かに、無理矢理拐われて連れ込まれた上に、普通の人なら例え貞淑な妻であれ一嗅ぎで淫乱な娼婦と化す、みたいな道具を使われていたら仕方の無いことかも知れないですけど、そんな多少の外的要因が在ったとしても、誘われるがままに他の人に股がる様な酷い人にいつまでも遠慮なんてしなくても良いじゃないですか！

　そ・れ・に！私の方が、断然若くて可愛いんですから、当然私の事を選んでくれますよね？まぁ、聞くまでも無いですけど！」

「……はっ！誰が、お前なんぞ……！」

「……もう、強情なんだから。

　……でも、おかしいなぁ。この、深夜の公園イベントが発生したって事は、普通に好感度高まってるハズなんだけどなぁ……。

　まぁ、良いか！取り敢えず、操り人形で良いから、アレス様は落として私のモノにしちゃえば良いか！最近、私の魅了が効かない同性だとか、動物だとかの面倒な相手が増えてきたから、手早く絶対の味方が増えてくれるだけども儲けモノよね！

　私としては、悪態を吐きつつもこっちの事を逐一気に掛けてくれるツンデレ系なアレス様が好きだから少し残念だけど、まぁ仕方無いよね。

　じゃあ、少し名残惜しいですが、覚悟して下さいね？アレス様の自我を閉じ込める事になるみたいですが、その代わりにこの超絶美少女のファーストキスを貰えて、この後もずっと一緒に居られるんですから、別に構わないですよね♪」

「……や、止め……！？」

「止めません♪」

　そう、軽い調子で言い切ったシズカは、あくまでも抵抗を続けるアレスの顔を手で固定すると、嫌悪に染まりきった彼の唇へと自らの唇を勢い良く押し当てて行く。

　ブチュッ！！！

　そんな音が聞こえてきた様な錯覚すら覚える程に、情緒もテクニックも無ければ、愛情すらも碌に無い様な、そんな口付けが暫し真夜中の公園にて続けられる。

　そして、二人が身体を離した時には、一方から掛けられた銀糸の橋が二人の唇を繋いだままとしていたのだが、両者の表情は一変していた。

　…………そう、自身の勝利を確信して疑っていなかったシズカの表情は驚愕に染まり、苦悶に満ちながらも虚ろであったアレスの表情は一変して憤怒に染め上げられていた。

「……なっ！？なんで！？なんで、私の魅了が効いて……！？がっ……！？！？」

「…………最後の最後でミスったな、お前。詰めが甘いんだよ。

　……さぁ、このままくびり殺されたくなければ、さっさと吐け。彼女は、セレンは何処にいる……！」

　そして、驚愕のまま後退ろうとしたシズカへと急速に距離を詰めたアレスが、口元を袖で乱暴にゴシゴシと擦りつつ彼女の喉を片手で掴んで掲げると、その喉元に得物の切っ先を突き付けながら、まるで地獄の底から発せられた様な声色にて問い質すのであった。