静かにキレる『追放者達』と抵抗する聖女
「…………た、大変です!大変なんです!!」
ドタバタと喧しく音を立てながら、つい先程セレンを案内していった店員が店内へと駆け込んで来る。
ソレを、何事かと見詰める『追放者達』のメンバー達が座る席へと、慌てた様子にてその店員が駆け寄って来た為に、確認の胸の内に嫌な予感が沸き起こる。
そして、その予感は、最悪の形で現実のモノとして確定させられる事となった。
「……あ、あの!その!さっき案内していたお客さんが!指定されてた場所まで連れていったら!突然光って!それが無くなったら誰も居なくなってたんです!!
私、もう、どうしたら良いのか、どうして、なんで!?」
「……つまり、セレン嬢を指定された場所に案内したら突然光り、それが収まったら彼女の姿が無くなっていた、と……?」
「……え?は、はい!そんな感じです!」
「……成る程。じゃあ、その時に周囲に人影は無かったかい?あと、例の言付けをしてきた『アレス』って名乗っていた男って、どんな見た目していたか覚えているかい?
オジサン達が知ってる『アレス』なら、黒髪で黒い瞳をしていたハズなんだけどねぇ?」
「……えっと、じゃあ、その人じゃない……と思います。
暗かったから良く見えなかったですけど、少なくともそんなに珍しい組み合わせの人じゃなかったと思います」
「……ふ~ん、じゃあ、顔立ちだとか、特徴だとかは覚えてる?」
「……その、髪だとか瞳だとかは、割りと見る色合いだったと思うんですけど、顔立ちはかなり整っていたかな、と……後、その『セレン』って名前を呼ぶ時に、矢鱈と熱が入っていたみたいなんで、てっきり私は恋人なのかと思っていたんですが……」
「……じゃあ、これで最後の質問なのです。
その言付けをした相手から、何か貰わなかったのです?もしくは、そいつが落として行ったモノでも良いのですよ?」
「……えっと、言付けを貰った時に、チップだと言ってお金を……これが、そうです……」
「……ふむ、では、同額で引き取ろう。交換して欲しい。
…………そして、やはり、と言った処か。これは、王国とは別口で教会が発行している『教会貨』であるな」
「教会の教えを国教として認めている国から強請取った権利にて鋳造された硬貨、だったよねぇ。
まぁ、一応使用が認められてはいるけど、貴金属の割合が少なかったり、割りと簡単に偽造出来たりするからあんまり信用が高くなくて、率先して使うのなんて教会関係者位のモノ、とまで言われるモノだから、これは決まりだろうねぇ」
「…………呆れた。まさか、とっくに振られてるのに、まだ未練たらしく付きまとうだけじゃなくて、直接拐いに来るなんて、あいつらバカなんじゃないの?」
「……でも、どうするのです?セレンさんは強いとは言え、流石に力の強い男性数人掛かりで押さえ付けられたら、抵抗するのは難しいハズなのですよ?
ボクらは何処に拐われたのかは分からないのですし、肝心のリーダーも何処に居るのか分からない状況なのです。それに、可能性としては例の大司教がボク達に言うことを聞かせたいから彼女を嵌めた、って見方も出来るのです」
「……まぁ、確実に言える事は、教会が黒って事と、時間を掛けすぎるとセレンちゃんが危ない、って事だねぇ。
じゃあ、取り敢えずナタリアちゃんの従魔の子達の誰かに、彼女から回収した硬貨持たせてリーダーを探させておくとして、オジサン達は教会にでも殴り込みでも掛けようか?
何、一回くらいなら、何やっても揉み消す手段は在るから安心してよ。こう見えて、オジサン結構怒ってるから、こうなったら手加減して上げられないから、さぁ……」
そう言って、先程までアルコールを口にしていたと思えない足取りにて立ち上がると、少し多めに勘定をテーブルへと置いたヒギンズは、周囲の素人達が『何事か!?』と思わず視線を送る程に分かりやすく、周囲へと戦意を振り撒きながら表情を引き締めるの。
そして、それは他のメンバー達も同様であり、言葉こそは荒げていなかったとしても、その心の中では確実に赫怒の焔が燃え盛っているのであった。
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ボスンッ!!
「……きゃあっ!?
…………あら?ここは、一体……?」
突如として発生した強烈な光によって眼を灼かれ、思わず瞑ってしまっていたセレンは、突然発生した僅かな浮遊感とそれに伴う落下、更にそれまでとは全く異なる地面の触感により、思わず悲鳴を挙げながら尻餅を突いてしまう。
しかし、幾ら彼女の安産型ヒップであっても通常ならば尻餅を突けば痛みが走るものなのだが、その想像を裏切る形で痛みが走る事は無く、かつ周囲の空気に漂う甘い香の匂いからして外のまま、と言う事も無さそうだ、と判断した彼女は、疑問の声を挙げながらどうにか順応を取り戻しつつある眼にて周囲へと視線を向ける。
すると、やはり予想の通りに室内であったらしく、巡らせた視界の中には照明として設置されているランプの光に照らされて姿を顕にしている丁寧な造りをされた壁と、中々に豪奢な調度品の数々に、見た事も使った事も無いフカフカで大きなサイズのベッドと、自らに視線を注ぐ複数の人影とその向こう側に存在する出口と思わしき扉が写り込んで来た。
「……っ!?『神の慈悲による障壁』!!」
どの様な事態になっており、どの様な状況に在るのかすらも分かっていなかった彼女だが、向けられていた視線から感じたドロドロとした『獣性』により、半ば反射的に魔法を行使し、咄嗟に使える中では最高の強度を誇る結界を部屋を二分する様に展開するセレン。
ソレにより、目論見が外れたのか、それともそうされる事を予想出来ていなかったのかは定かではないが、見えていた人影が慌てた様子で部屋を分断する透明な結界へと駆け寄って来る。
淡く光を放つ『神の慈悲による障壁』と、設置されているランプの光により、駆け寄ってきた複数の人影の顔が明らかにされたが、それらはセレンにとって悉くが見覚えの在るモノであり、同時に見たくなかったモノである事が判明してしまう。
「…………ブレット。カレル。ロビン、デビット!
貴方達、一体何のそのつもりですか!?私にこの様な仕打ちをするとは、やはり貴方達は堕ちる処まで堕ちたと言う事でしたか!!」
「…………堕ちた、とは随分な言い様ですね。全ては、正直になってくれない貴女の為にした事だと言うのに……」
普段の柔和で若干垂れ気味なソレとは打って変わり、怒りを宿してキリリと吊り上げられた目尻にて、どうにかして結界を通り抜けられないか、と試みている相手を睨み付けるセレンと、最後に一回結界へと拳を叩き付けてから険しい表情を浮かべる彼女へと言葉を返すのは、かつて彼女が所属していたパーティーである『新緑の光』のリーダーであるブレット。
更に言えば、そこにいるのは当然彼だけではなく、他のパーティーメンバー達も揃っており、彼と同じ様に結界をどうにか出来ないか、と叩いたりして試みている。
そんな彼らの瞳はギラギラと血走っており、荒げられた吐息や乱暴な仕草からは、彼らが『雄』として自身を求めているのだろう、と言う事が容易に察する事が出来た。
ソレを踏まえた上で部屋の中を見回せば、大きなベッドと言い、整えられていてもあまり多くない調度品と言い、成る程確かに『そう言う目的の宿』なのだろう、と言う納得が出来た。
……だが、そんな場所に来るのであれば、初めてはアレスと共に訪れる様な事態になって欲しかった、と心の底から願っていたセレンは、まるで自らの神聖にして不可侵な部分へと、汚泥を纏わせたままの土足にて無遠慮に上がり込まれた様な心持ちとなる。
「……呆れましたね。まさか、私に無理強いしたいが為に、ここまで大袈裟な事を仕出かしてくれただけでなく、アレス様の名前まで騙ってくれるとは。
それに、わざわざ稀少なダンジョン産の魔道具まで使うのなんて、何を考えているのです?
少しは『恥』と言う感覚を思い出したら如何ですか?」
「……ふっ、あの偽りの恋人の名前を騙った処で、何があると言うのです?
それに、幾ら稀少とは言え数は出るモノなのですから、ソレを俺達が『正しい目的』の為に使う事の何が悪いと言うのですか?
まぁ、とは言え、設定した魔力の持ち主を強制的に登録した場所に転移させる、等と言う都合の良いモノは中々に手放す者が居ませんし、この部屋も元の借り主が中々交渉に応じてくれませんでしたのでね。
仕方無く、俺達も少しばかり『強引な手段』を取らざるを得なくなってしまいましたが、そこは貴女を求める俺達の言葉を聞き入れてくれなかったのが原因なので、まぁ当然の結末ですね」
「…………そうですか。では、私も手心を加える事は止めておくとしましょうか」
ソレを聞いたセレンは、例え嘗ての仲間であったとしてもその情すら最早尽き果てた!と言わんばかりの心持ちとなり、未だに結界に取り付いてどうにか出来ないか、と探っている彼らに対して攻撃性の高い魔法を放とうと試みる。
……幾ら詠唱を破棄して展開したとは言え、彼女の行使できる中では最硬の結界である『神の慈悲による障壁』を並大抵の攻撃で破る事は出来ず、更に言えば膨大な魔力量を誇る彼女の魔力切れを狙う事は不可能に近く、結界を張ったままでも平行して攻撃魔法まで放つ事を可能にしているセレン。
そんな彼女の元仲間である彼らがソレを知らないハズが無く、当然の様に彼女を手込めにせんと企んだ段階にてそれ相応の『仕込み』を行っていた。
「…………えっ……?」
攻撃魔法の構成を意識し、魔力を通して魔法として成立させようとしたセレンが思わず、と言った感じで疑問の声を出しながら魔法の構成を霧散させつつ、またしてもベッドに対して尻餅を突いてしまう。
ソレだけでなく、それまでは強固に存在していたハズの結界までもがその存在に揺らぎを見せてしまい、慌てて多めに魔力を供給してその存在を確立させるセレン。
そんな、不自然に足の力が抜けて座り込んでしまった彼女の様子に、結界の反対側にて外見だけは整った相貌を喜悦によって歪める四人。
しかし、そんな四人の様子に気付けるだけの余裕は彼女には無く、突然の脱力感と共に自らの下腹部から昇ってくる女の芯から発せられる熱情に、ただただ混乱するのみであった。
「…………やれやれ、漸く効いて来ましたか。
貴女が素直になってくれる様に、とわざわざ用意したのですよ?」
「…………一体、何を……!?」
「……ん?只のお香だけど?まぁ、『女をその気にさせる香』って売り込みだったけど、さ?」
「……なっ!?」
「……うむ。その様子を見る限り、どうやら偽物を掴まされた訳ではなかった様だな。高価であっただけに、そこは心配していたのだが、杞憂だったか。
とは言え、これで俺とセレンが晴れて結ばれるのだから、問屋には感謝せねばなるまいな」
「誰が!誰が、卑劣な貴方達なんかと!!」
「まぁ、ロビンの戯言は置いておくとしても、僕らはふざけているつもりなんて欠片も無いよぉ?
いい加減、セレンには素直になって貰わなくちゃならないよねぇ、って僕らの間でも意見が噛み合ってさぁ?
だから、そろそろ皆にも本命がこの四人の誰なのかって事をハッキリさせようよ?そうすれば、この場でちゃんと愛し合えるわけなんだからさぁ?」
「私は、何度も、申し上げたハズです!貴方達なんかを、愛してはいないと!!」
「…………はぁ、そう言う処ですよ?聖女様。
まぁ、良いでしょう。既に、普通の女性であれば男を求めて何でも差し出す、と言った心持ちになると聞く程の量を焚いているのですが、仕方がないのでもう少し量を増やすと致しましょうか。
限界であれば、早めに仰って下さいね?俺達は、あくまでも貴女と愛し合いたいのであって、発狂した肉人形を抱きたい訳ではないですので」
「……うっ、くぅ……!?」
そう言って、やれやれ仕方ない、と言わんばかりの仕草をしてから、少し前まで座っていた席の近くまで戻ると、そこに置かれていた香炉に対し、懐から取り出した小箱から木片の様な『何か』を無造作に投入するブレット。
それにより、部屋に漂っていた『甘い香り』がより一層強くなり、それに伴う様に彼女の手足から力が抜け、反比例する様に下腹部へと熱が集まって行く。
そうして、額に珠の様な汗を浮かべて必死に耐えるセレンと、ソレをニヤニヤとしながら眺める四人、と言う彼女にとっては最悪の状態が完成し、彼女の精神と尊厳がガリガリと音を立てて削られて行くのであった。
(……アレス様。どうか、お助け下さい、アレス様!)
そんな彼女の祈りの先は、かつて信仰していた神では無く、最愛の恋人へと向けられていたのだが、当の本人は…………。
不穏な終わり
果たしてどうなる!?
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