96 魔族からの依頼 2
魔族との交渉が一段落したタイミングで、私たちは領主に別室へ案内された。
個別に話したいことがあるという。
「これから魔族と交渉するに当たって、こちらの事情も話しておかなければなりません。その前に食事をご用意しました」
領主の指示で、テーブルに所狭しと料理が並べられた。
ほとんどが肉料理だ。私もミウもダクラもお腹が空いていたこともあって、早速肉にかぶりついた。
「硬いニャ・・・」
「うむ・・・それに匂いも独特だな・・・」
はっきり言うと、全く美味しくない。いや、不味い。
でも私は聖女、顔に出すわけにはいかない。クルミも自分が聖女設定と心得ているから、顔にも口にも出さない。
「美味しくないでしょう?遠慮しなくても構いませんよ。この肉は魔物肉で、魔族から定期購入しているものです。ではなぜ、こんな物を定期購入しているかというと・・・」
ミウが言う。
「魔族に脅されて、買わされているのかなニャ?やっぱり魔族は悪い奴らだニャ」
「そう思われても仕方がありませんが、そうではないのです」
領主が言うにはその昔、グレンザの町は度々食料危機に陥っていたという。
そんな事情で、魔族から魔物肉を購入するようになったそうだ。
「三代前までは、この肉のお蔭で住民は飢餓を凌ぐことができました。不味くて臭いだけで、栄養はありますからね。それに魔族は、かなり安く売ってくれたのです。感謝してもしきれないのですよ。しかし、近年では食料事情が改善し、好んで魔物肉を食べる者は激減しました。町に一つだけ、公営の魔物肉専門のレストランがあるのですが、魔物肉で儲けようという意図はなく、若い住民たちに飢餓の辛さや魔族の有難さを伝えるために運営しているのです」
まとめると、飢餓に苦しんでいた時に魔族のお蔭で、助かったという話だが、それがどうつながるのだろうか?
「最近では、食糧難の時代を経験した住民も少なくなりました。そこで、出て来たのが魔物肉不要論です。それに最近では、ミウ殿が言ったように魔族が不味い魔物肉を無理やり売りつけているとの噂も流れています。私としては、魔族との関係を壊したくはない。ただ、コブリンたちが危険を冒してまで、運んでくるような物ではない以上、無理をしてほしくないという気持ちもあるのです」
ミウが言う。
「正直に魔族に言ったらどうニャ?」
「言いづらいですね。魔族たちは、自分たちの魔物肉が感謝されていると思っているんですよ」
領主が言うには、魔物肉は公営の専門レストランで出す以外は、干し肉にして冒険者ギルドや孤児院に無料配布しているという。
「無料なら、食べられないこともないニャ」
「腹が減っていれば、食えないこともないな」
私もそう思う。
「そんな事情なので、ゴブリンの護衛依頼を税金から出すことはできないのです。そんなことをすれば、魔族に脅されているという噂がもっと広がり、魔族を憎むようになるでしょう。私としては、そんなことはさせたくない」
考えた末、私は言った。
「とりあえず、この町に魔族が魔物肉を売りに来る必要はないということですね?だったら、安全が確保できるまで、当面は交易を中止するということで、交渉してみればどうでしょうか?それから、なし崩し的に魔物肉の購入をやめるというのはどうでしょう?」
「そうですね・・・そういう案も出ましたが・・・」
領主と話してみて、必要のない魔物肉を定期購入しているのは、魔族との関係を切りたくないというのが大きいと思う。私が勝ったとはいえ、オグレスみたいなのが、怒って暴れたら困るからね。
そんな話をしているところに、従者が駆け込んで来た。
「大変です!!すぐに広場まで来てください!!」
「どうしたのだ?今は客人と話をしているのだ」
「そ、それが・・・」
緊急事態のようだ。
「構いませんよ。そちらを優先してください」
「申し訳ありません・・・それで何が大変なのだ?」
「そ、それが・・・トラブルを起こしているのが、聖女様のお連れの方で・・・」
ど、どういうこと?
「と、とりあえず、現場に向かいましょう」
★★★
トラブルが発生している広場にやって来た。
広場の中央に1軒の屋台があり、その周りを警備隊が取り囲んでいる。その中から、ルージュの声が聞こえてきた。
「妾自ら、旨い肉料理を振る舞ってやっているのじゃ!!褒められこそすれ、怒られる筋合いはないのじゃ!!」
「だ・か・ら!!何度も言っているだろ、営業許可がなければ屋台を出しちゃいけないって!!」
「だったら、早く営業許可とやらをもって来るのじゃ」
「それも申請が必要だって、言ってるだろ」
状況の分からない私は、人だかりを掻き分けて、ルージュの元に向かう。
そして、ノーリから事情を聞いた。
「聖女様!!」
「ノーリ、どういうことか教えて」
「それが・・・」
ノーリが言うには、魔物肉専門のレストランにルージュたちを連れて行ったそうだ。
しかし、その料理はかなり不味く、激怒したルージュはノーリたちに美味しく作り直せと命じたらしい。
「トールが持っているキノコを合わせたり、リリィが持っているエルフ特製の果実酒に漬け込んだりしたら、結構美味しくなっッス。それで気を良くしたルージュがこの辺の者に売ってやると言い出して・・・」
それから、ノーリたちはルージュに言われるがまま、魔物肉を販売することになったようだ。
そして、ライトルが派手なライトボールを出して客を集め、あっという間に長蛇の列ができたそうだ。私に気付いたルージュがドヤ顔で言う。
「アオイよ、食べてみるがいい。この不味い肉が格段に旨くなったからのう」
実際に食べてみると、臭みが消えてかなり美味しくなっていた。それに柔らかい。
リリィが解説してくれる。
「この魔物肉はキラーグリズリーの肉ですね。普通に食べたら食べられたものじゃありません。しかし、エルフの長い伝統で培った秘伝の果実酒に漬け込めば・・・」
ルージュもそうだが、ノーリたちに悪気はない。なぜ怒られているのか、本当に分からないようだった。
とりあえず、私は領主に謝罪する。
「騒ぎを起こして、申し訳ありません。すぐに言って聞かせますから・・・」
領主は少し考えて言った。
「謝罪されなくてもいいですよ。というか、これは旨い。営業許可はこちらで何とかしましょう」
あれ?逆に喜ばれているのか?




