68 幕間 聖女の憂鬱 5
~聖女クルミ視点~
私は「鋼鉄の聖女教団」の総本山であるシュルト山に来ている。
「鋼鉄の聖女教団」の調査に来たわけだけど、聖女としての身分を隠して潜入した。最初は、堂々と聖女として面会をしようと思ったが、もし万が一危険な集団だった場合、取り返しのつかない事態になると諭され、身分を隠し、冒険者として潜入した。
一緒に潜入するのは、各宗派の関係者だった。
レイア教会は一枚岩に見えて、実は宗派ごとの仲が非常に悪い。レオニダス枢機卿が管轄している諜報部隊を利用せずに独自の諜報部隊を持っている宗派もあるという。まあ、その辺を気にしたらキリがないので、考えるのはやめた。
ただ、納得いかないことがある。それは私の冒険者としての役職だ。
大きなハンマーを持たされ、重戦士にされてしまった。回復術師だと、バレる可能性が高いからだという。
「クルミ様は、重戦士として十分にやっていけますし、まさか聖女がこんな格好をしているなんて、誰も思いませんからね」
そう言われれば、そうかもしれない。
町に到着して、受付を済ませるとすぐに入ることができた。しかも、受付の人も親切だった。
「冒険者かい?ここはダンジョンもあるからな。それに低ランクの仕事もそれなりにあるし、いい所だぞ」
「そうなんですね。観光を兼ねてこちらに来たのですが、聖女様とは会えるのでしょうか?」
「今はここを離れているよ。今日中には戻るみたいだけど。そうだ、観光で来たならガイドをつけてみたらどうだい?銀貨5枚だよ。名所を漏れなく周ってくれるから、評判がいいんだ」
同行者に確認したところ、ガイドを頼むことに同意してくれた。
しばらくして、狐獣人の少女がやって来た。同行者の中には、露骨に嫌な顔をする者がいた。しかし、周りの者に「任務中だから、顔に出すな」と注意されていた。
「私はボルペです。よろしくお願いします」
「私はクルミ、よろしくね」
「この町は初めてですよね?基本コースでよろしいですか?」
「それでいいわ」
挨拶を交わした後、すぐに町を案内された。
最初に案内されたのは、「聖女館」と呼ばれる施設だった。
「ここでは、聖女アオイ様とその同志であるミウ様とダクラ様の偉業を紹介する施設になっています。まずは、こちらをご覧ください」
巨大なドラゴンの剥製が展示してあった。
同行者も大騒ぎする。
「ドラゴンだ!!」
「噂は本当だったんだ・・・」
「どうやって倒したんだ?」
ボルペが言う。
「お三方が協力して、討伐されました。詳しくはこちらの「聖女アオイ伝説」に詳しく書かれていますので、よろしければご購入ください」
同行者の一人が、すぐに購入していた。
「信じられん・・・ボンバーロックから身を挺して子供を守ったり、温泉を神の加護で出しただって?」
「エルフの試練を突破し、エルフの女王の信頼を勝ち取ったともある」
「他にもあるぞ。ドラゴンを従え、オリハルコンを精製しただって?」
ボルペが言う。
「信じられないかもしれませんが、すべて事実なのです」
同行者たちが、小声で言う。
「あの子も洗脳されているんだろうな・・・かなり危険な教団だ」
「そうだな。こんな話、信じるほうがおかしい」
続いて、案内されたのは大聖堂だった。
「先程、話に出ましたオリハルコンですが、こちらの聖女像はオリハルコンで、できています」
聖女像は、アオイさんと猫人族の少女、ダークエルフ女性のものだった。
「オリハルコンなんて、存在するわけがない。偽物だ」
「ああ。こっそり鑑定してやる・・・なに!?ま、間違いない、オリハルコンだ」
どうやら、アオイさんがオリハルコンを精製したことは間違いないようだった。
その後、町で食事をしたり、商店などに案内された。
食事は美味しく、アオイさんの発案であろう日本料理に似た物も多くあった。
「味の割に値段が安いな」
「ウチの教会なら、もっと暴利を貪るのにな」
「ああ・・・思ったより、悪い奴らじゃなさそうだな」
ここまで来ると、「鋼鉄の聖女教団」に好意的な者も出てきた。
「一応ここまでが、基本コースになります。この後は、希望する場所がありましたら、そちらにご案内しますよ」
同行者の一人が言う。彼は治療部門の者だ。
「ちょっと腰痛持ちでな。いい治療院があると聞いたんだが?」
「それでは「癒し館」にご案内しますね」
私たちは、「癒し館」という建物に案内された。
「この施設は、聖女様が神の加護で噴出させた温泉を利用して、様々な治療を行っています。もちろん、普通に温泉に入るだけでも効果はあります」
私も聖女で、治療行為もそれなりにやってきた。個人的にどんな治療をしているのか興味がある。早速、温泉に入ることにした。
温泉は、スーパー銭湯に近かった。色々なお風呂やサウナがあり、温泉に入るだけでも楽しめた。お風呂から上がると、今度は治療施設に案内され、先程腰痛持ちだと言った同行者が治療を受けることになった。
治療自体に珍しいものはなかった。
ライトボールを患部に当てているが、多分、温熱療法の一環だろう。そこに痛みを癒す回復魔法を掛け、薬草を使った魔法薬を湿布のように貼る。治療に当たっていた回復術師が言う。
「慢性的なものですから、月に数回通うだけでも効果はありますよ。1回銀貨1枚ですからね」
「うむ・・・その程度なら、通えるな。これだけでも、大分楽になった。礼を言う」
これなら、回数をこなせば、症状は緩和する。治療を終えた同行者に感想を聞く。
「ただの腰痛に惜しげもなく回復魔法や魔法薬を使うことは信じられませんが、楽にはなりました。しばらく、ここに逗留したいくらいです。もしかしたら、他に秘密があるのかもしれませんが・・・」
その会話を聞いていたボルペが言う。
「実は、他にも健康法があるんですよ。丁度、初心者向けの教室があるので、参加されてはどうでしょうか?」
「クルミ様、私は体験したいのですが・・・」
「じゃあ、やってみましょう」
★★★
どうして、アオイさん?
数ある日本の健康法の中から、なぜ太極拳を選んだの?
「この踊りは、精神の集中を高め、体のバランスを整えるもので、聖女様が考案されたのです」
これには、賛否が分かれた。
治療を受けた同行者や神聖騎士団の関係者は、「体のバランスが良くなった」、「訓練にも応用できる」と絶賛する一方で、「悪魔を呼ぶ怪しい踊りだ」と警戒心を露わにする者もいた。
こちらの世界の人が見たら、怪しい踊りに見えるかもしれない。でも、普通の太極拳だから、悪魔なんて呼べないし、体にいいのは確かだろう。
太極拳教室が終ったところで、場が騒然となった。
ボルペに質問する。
「急に騒がしくなったけど、何かあるの?」
「もうすぐ、聖女様が帰って来られます!!空を見てください」
空?
言われた通りに上空を見ていると、赤いドラゴンが近付いてきた。
しばらくして、そのドラゴンは地上に舞い降りた。そして、その背中には、アオイさんが乗っていた。
「ドラゴンを従えたっていう話は本当だったのか・・・」
ここまで視察をして、アオイさんは何も悪い事はしていないと思う。
私は、身分を明かして、アオイさんに会うことにした。
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次回から新章になります。




