六
アカと呼ばれた狐面は、少年の姿をしており、小夜とそう年が変わらないように見えた。
小夜より少しばかり背は高い。丈のみじかい着物から、薄汚れた、やせぎすな手足がのぞく。その風貌は、村で馴染みの悪がきたちを思い起こさせた。
しかしもし村で彼を見たなら、怖くて逃げ出していただろうと思う。表情の知れない狐面はあまりに気味が悪く、いまこうしてかがり火の影をうけ、ぼうと突っ立っているだけでじゅうぶん背筋が粟立つのだから。
場の中心地に、巨大な、あまりにも巨大な金の神輿が鎮座している。その周囲を狐面たちはあわただしく駆け回り、騒然としている。
「御寮にご挨拶されないのですか」
こちらの視線を感じたのか、だしぬけにアカが言った。
ぶっきらぼうな口調だが、しかしまさしく少年の声。小夜はとたんに力を得た。
「ねえ、ここは明井ではないの」
「明井とはなんです」
小夜の暮らす村のことだ。
いぶかしげなアカに、小夜の顔はみるみる青ざめる。
「……ここはどこなの」
「どこでもありません。つまびきが聞こえたら出立する、それだけの場所」
「ど、どこへ行くの」
「峰のてっぺんへ」
「なにをするの」
「御寮をお送りする」
アカがこちらをまともに向いた。
「――なんだ? ずいぶん、ものを知らない小夜さまだな」
火影をうけた狐の顔。口調が変わり、不審そうに奥の瞳が細められる。
とたん、小夜の背に悪寒が走った。
――異界っていうんじゃないか、ここは。
ふと直感した。
“悪いことをすると神隠しにあう”と、よく祖母は言っていた。神隠しにあったら、行ったきり、帰ってこれなくなると。
その場所が、ここなんじゃないか。
姉の幸福を願わないから、ここに連れて来られたんじゃないか――。
逃げなければ、と思い、逃げられないと悟った。小夜の周りには狐面だらけだ。いま走って逃げたとしても、すぐに取り押さえられてしまう――。
ふいに視界がにじむ。みるみるうちに涙があふれる。声もなく泣きだすと、アカはあからさまにうろたえた。
「おい、なぜ泣くんだ」
顔をのぞきこむ。小夜がいやいやと首をふるので、さらに苦りきる。仮面をかぶっていても、その気配はありありとつたわってきた。
「子供みたいだな」
途方に暮れた少年の声で言う。
小夜の涙が止まらないのを呆然と見届ける彼は、ハタと「なるほど」と手をついた。
「ははあ、もしかしておまえ、生まれたばかりなんだろう」
ひく、と小夜が喉を鳴らす。
「夜の到来を告げに来たはいいが、何をすればいいかわからないんだな。たそがれに生まれついて、すぐ急かされたんじゃあ、しょうがない。泣きわめくわけだ」
アカが勝手に得心している。
嗚咽で何も言えずにいると、ふと彼が手をとった。ぎょっとしたが、そこには人の温もりがあり、それで小夜はふり払うことはしなかった。
「案じることはない」とアカは言った。
「おまえは小夜さまだ。銀月御前が遣わした、夜の先ぶれ。つまり、祝いの先ぶれだ。
このあと、じきにつまびきが聞こえてくるから、それを合図におれたちは出立する。
あの神輿――嫁御寮をお乗せした神輿をかついで、峰にのぼるんだ。
峰では銀月御前が待っている。そこで御前と御寮は祝言をあげる」
びっくりして小夜が見上げると、アカはごくかすかにわらった。
「なかなかお目にかかれない僥倖だ。おれたちは幸運なんだぞ。そんなに泣いていたら祝言を見られない。早く仕舞いな。――それで」
アカは取った手を軽く引いた。
「嫁御寮にいっしょにご挨拶に行こう。小夜さまが来たことを喜んでくださるよ」




