五
まったく異様な光景だった。
楽の音は、いまだあかるく軽快に鳴り響いている。しかしどこまでも空回りして感じるのは、いっこうに押し黙り小夜を見据えつづける狐面たちのせいだった。
つり上がったまなじり。面の半分まで裂けた朱色の口もと。ひたりとこちらを向くとがり耳の細面は、やけにしんとした表情をたたえている。
ぽっかりと穴の空いた瞳孔からは、たしかに人の目が見いだされるはずなのに。その肢体は、たしかに人のもののはずなのに。どうにも人の匂いがしなかった。生の息づかいや熱気、そんなものがまったく感じ取れないのだ。
まるで見分でもされているような緊張を強いられ、小夜は下唇を噛みしめる。
「おまえ、だれだ」
くぐもった声で、狐面のひとりが言った。
いまや森じゅう、うす墨のたそがれで浸っている。影が青く、濃くなっていく。
「さよ、と叫んだな。おまえの名か」
べつの狐面が問う。小夜は体をこわばらせながらも、無言でうなずいた。
「さよ、か。なんと書く。どんな字だ」
また別の狐面。小夜は声をふりしぼる。
「……ちいさなよる。小さい夜と書いて、小夜」
小夜の一言に、かれらは一瞬、水を打ったように静まり返った。さも不審そうに、または念入りな品定めをするように、こちらを凝視する。奇妙な間のあと、かれらはお互いの顔を見合わせ、うなずきあい、ついには「おお」というため息のような感嘆が飛びだしはじめた。
小夜にはまったく理解できず、怪訝に眉をしかめるしかない。すると狐面のひとりが、軽やかにこちらへ踏みだし辞儀をした。
「あなめでたや。今宵はずいぶん縁起がいい。“小さき夜さま”までお越しくださった」
「しかもこんなみごとな誰そ彼れに。なんと粋なはからいか」
「ささ、どうぞお越しください。そんな影に隠れておらずと。奥方さまがお待ちですぞ」
つぎつぎに紡がれる好意の言葉に、小夜は目を丸くする。いったいどうしてか、歓待されている。
「奥方さま、って……」
「なにをお言いになされます」
小夜の小声に、狐面のひとりが大仰に驚いた。
「小さき夜さま。今日はそのためにいらしたのでしょう。道中に間に合って、ほんに良うございました」
浮き立つように手をすりあわせる。別の狐面が後ろへあごをしゃくった。
「ほんにほんに。――そら、アカ。ぼうっとしとらんと。小さき夜さまをお迎えなさい。大切な賓客ですぞ」
事態が飲みこめない。小夜はただただ呆然と立ち尽くす。
森を浸すたそがれのときは、気づけばあっという間に走りさっていた。漆黒のぬばたまが、徐々に頭上を覆う。
夜がくる。
昼間じゅう沈黙し、しずかにそのときを待ち続けた金月が、荘厳に輝きだす。
「ほおら、刻限だ」
狐面たちは空を見やり、弾けるような歓声をあげた。
ほら貝が吹き鳴らされ、威勢よくときの声があがる。
「楽をならせ、高らかに」
「かがり火をたけ。知らしめよ」
「ものども皆が待ちに待つ、今宵は銀月さまの婚礼ぞ!」




