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 まったく異様な光景だった。


 楽の音は、いまだあかるく軽快に鳴り響いている。しかしどこまでも空回りして感じるのは、いっこうに押し黙り小夜を見据えつづける狐面たちのせいだった。


 つり上がったまなじり。面の半分まで裂けた朱色の口もと。ひたりとこちらを向くとがり耳の細面は、やけにしんとした表情をたたえている。

 ぽっかりと穴の空いた瞳孔からは、たしかに人の目が見いだされるはずなのに。その肢体は、たしかに人のもののはずなのに。どうにも人の匂いがしなかった。生の息づかいや熱気、そんなものがまったく感じ取れないのだ。


 まるで見分でもされているような緊張を強いられ、小夜は下唇を噛みしめる。

「おまえ、だれだ」

 くぐもった声で、狐面のひとりが言った。


 いまや森じゅう、うす墨のたそがれで浸っている。影が青く、濃くなっていく。


「さよ、と叫んだな。おまえの名か」

 べつの狐面が問う。小夜は体をこわばらせながらも、無言でうなずいた。

「さよ、か。なんと書く。どんな字だ」

 また別の狐面。小夜は声をふりしぼる。

「……ちいさなよる。小さい夜と書いて、小夜」


 小夜の一言に、かれらは一瞬、水を打ったように静まり返った。さも不審そうに、または念入りな品定めをするように、こちらを凝視する。奇妙な間のあと、かれらはお互いの顔を見合わせ、うなずきあい、ついには「おお」というため息のような感嘆が飛びだしはじめた。

 小夜にはまったく理解できず、怪訝に眉をしかめるしかない。すると狐面のひとりが、軽やかにこちらへ踏みだし辞儀をした。


「あなめでたや。今宵はずいぶん縁起がいい。“小さき夜さま”までお越しくださった」

「しかもこんなみごとな()()れに。なんと粋なはからいか」

「ささ、どうぞお越しください。そんな影に隠れておらずと。奥方さまがお待ちですぞ」


 つぎつぎに紡がれる好意の言葉に、小夜は目を丸くする。いったいどうしてか、歓待されている。


「奥方さま、って……」

「なにをお言いになされます」

 小夜の小声に、狐面のひとりが大仰に驚いた。

「小さき夜さま。今日はそのためにいらしたのでしょう。道中に間に合って、ほんに良うございました」

 浮き立つように手をすりあわせる。別の狐面が後ろへあごをしゃくった。

「ほんにほんに。――そら、アカ。ぼうっとしとらんと。小さき夜さまをお迎えなさい。大切な賓客ですぞ」

 事態が飲みこめない。小夜はただただ呆然と立ち尽くす。


 森を浸すたそがれのときは、気づけばあっという間に走りさっていた。漆黒のぬばたまが、徐々に頭上を覆う。


 夜がくる。


 昼間じゅう沈黙し、しずかにそのときを待ち続けた金月が、荘厳に輝きだす。


「ほおら、刻限だ」

 狐面たちは空を見やり、弾けるような歓声をあげた。

 ほら貝が吹き鳴らされ、威勢よくときの声があがる。




「楽をならせ、高らかに」

「かがり火をたけ。知らしめよ」

「ものども皆が待ちに待つ、今宵は銀月さまの婚礼ぞ!」




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