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【エピローグ】 黒の地竜と天竜の娘(4)

 

 私はショップカードをバッグの中に投げ入れると逃げるように歩調を速めた。さっきまでこの後ショッピングに行こうと思っていた。でも、とてもじゃないけど今はそんな気になれない。

 自宅に直帰して、バッグをソファに投げる。やるせない気持ちでそのまま、寝室のベッドにダイブした。目を閉じて最初に顔が浮かぶのは先ほど会ったばかりのイケメン店長ではない。ずっと私の胸の中を占めている憎たらしいあの二人だ。


「なんなのよ、もう……」


 中身のない愚痴だけが口から零れた。

 どれだけの出会いがあったって、私の心が動く事はなかった。それ所か余計にあの双子を思い出して私の胸が締め付けられる。

 私はあの時の選択を今も後悔していない。けれどこうして彼らを思い出す度に苦しくなるのは確かだ。もう会うことなどないのだから、彼らの事もあの約束も忘れてこちらの男性と恋をしたって良かったのかもしれない。でも私には無理だった。家族がいなくなって、友人達と距離が出来て、嫌という程孤独感を味わっても、彼ら以外の男性を選ぶ事は出来ないのだ。

 それは約束したからじゃない。私自身が望んでいるのが彼らだから。


「馬鹿……」


 自分に対してなのか、それとも彼らに対してなのか。いや、やっぱりその両方ね。

 枕に顔を埋め、涙の代わりに私は何度も「馬鹿」と呟いていた。





 * * *


「あら?」


 気付けばそこは柔らかいベッドの上。私、どうしたんだっけ? そうだわ、自宅に帰ってきた後、何もする気になれなくてそのままベッドで横になったんだった。あのまま寝ちゃったのね。


「ん?」


 段々と目が冴えてくる。視界に入るのは自分のベッドとは違う色のシーツ。次に気付いたのは太ももを撫でる誰かの手の感触。


「きゃ!!」


 驚きで反射的に起き上がる。すると私を挟むように二つの人影があった。彼らは私の顔を見て満面の笑みを浮かべる。


「やっと会えたね、チヒロ!!」

「会いたかったよ、チヒロ!!」

「ナキアス……ナルヴィ……? なんで?」


 そう。私の両側に居たのは、そして私の太ももを撫で回していたのはナキアスとナルヴィの二人。護国に居る筈の彼らが何故ここに? そう思って周りを見渡せば、私が居るのは自宅ではなかった。見慣れたベッドルームよりもずっと広い寝室に、キングサイズの大きなベッド。シーツの手触りも格段に良いものだ。もしかしてもしかしなくても、此処は護国なの?

 驚く私の腰をナキアスが抱き、耳元で囁く。


「今日は秋節祭だよ」


 ショートボブで切りそろえている私の髪を指ですきながら、ナルヴィが反対側から囁いた。


「俺達、毎年毎年、またチヒロに会えるようお願いしてたんだ」

「そう…なの……」


 私が東京に帰ってから、彼らは諦めず私を求めて願い続けていたのだと言う。

 彼らの声も彼らの体温も、全て身に馴染んだ懐かしいもの。一度は別れを選んだけれど、長い間離れていても心は変わらず求めてくれたのだと知れば、当然彼らの気持ちは嬉しいし、同時に気恥ずかしい。


「ねぇ、チヒロ。怒ってる?」

「え?」

「俺達が、またチヒロを呼び出したこと」


 二人が心配そうに眉を下げる。そうね。驚きはしたけれど怒りの感情は湧いてこない。東京でやるべきことは済ませてきたし、今は私がいなくなっても心配させる人も居ない。それに私自身、心が変わることなく独り身を貫いてきた。それは何より、私にとっても彼らが誰より大切な存在であるから。


 もう、覚悟を決める時かしら。

 そう告げようとしたけれど、ふと思い出したことがあった。それを彼らに伝える為に、ベッドの上で居住まいを正す。


「そう言えば私、貴方達に会ったらまずやろうと思っていたことがあるんだったわ」

「え? 俺達もだよ!」

「流石気が合うね! じゃあさっそく!」


 何を勘違いしたのか、ベッドの上でウキウキと服を脱ぎ始める二人。嬉しそうな彼らの顔を見ながら、私の口元は自然と弧を描く。そしてふっと笑い――両手の拳を握った。


「歯ぁくいしばんなさい! この馬鹿共が!!!」


 私の拳は見事に油断していた二人にクリーンヒット。

 お互い良い大人ですもの。まず、黙って竜の体に近づけるなんて勝手なことしてくれた落し前はきっちり付けておかなきゃね。





     END

 


 最終話がこんな終わり方で申し訳ございません。

 最後までこのシリーズにお付き合いくださった皆様、本当にありがとうございました。


 今後は思いつくままに書いた番外編を掲載しようと思っておりますが、『地竜の末裔 天を恋う』シリーズとしてはこれにて完結となります。

 連載中のご意見・ご感想、また誤字報告等本当にありがたく、再度お礼を申し上げます。

 誠にありがとうございました。




2013/10/17 橘。

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