【エピローグ】 紅の地竜と天竜の娘(3)
「こら燈里! せっかくの日曜まで辛気臭い顔すんの止めなさい!」
「わっ!」
居間のソファでボーッとしてたら、枕にしていたクッションを取り上げられた。仕方なく起き上がり、掃除をしていた母ちゃんを見上げる。
「あんた最近何悩んでんの?」
「へ?」
「あら? あたしには言えない事なの?」
ジロリと睨まれ、あたしは視線を床に落とした。誤魔化そうとしたって昔から母ちゃんは何でもお見通しなんだ。あたしは観念して隣に座った母ちゃんにポツポツと話を始める。
高校の時皆に話した夢の話は、本当にあった話だった事。そしてそこで出会った人が好きだったんだと最近やっと気付いた事。
「はぁ~、成る程ねぇ」
「かぁちゃん?」
「夢にしてはやけにリアルで長い話だとは思ってけどねぇ」
「え? 信じてくれんの?」
こんなの非現実的過ぎる話だ。笑われたって仕方ないと思っていたのに。
「何言ってんのよ! アンタがそんなくだらない嘘つくような子じゃないってことぐらい、母親のあたしが一番分かってんのよ!」
「母ちゃん……」
「もうそっちの世界には行けないの?」
それはあたしも考えていた。けれど前回は勝手に呼ばれただけで、あたしは所詮何の力も無い普通の人間だ。
「……分かんない。多分条件が揃えば行けるんだろうけど。竜が願ってくれなきゃ行けないし。第一、イース以外の竜に願われたって、あたしはイース以外好きになれないし」
「でもさ、帰ってくるときに言われたんでしょ? そのイースって子に」
「へ?」
「竜がいなくても、アカリ自身が強く願えばそっちに行けるんだって」
「あ! そうか!」
これが目から鱗ってヤツ? そういや、番が居なくても帰って来れたじゃん!
「……でも、あたし、行ってもいいの? 多分もう帰って来れないかもしんないよ?」
「でも、行きたいんでしょ?」
「……うん」
「イースって子が本当に本当に好きなんでしょ?」
「うん」
それは間違いない。あたしの中にある気持ちは疑いようの無い真実だ。あたしが迷い無く頷けば、母ちゃんが力強く笑ってくれた。
「なら行って来なさい! 女は恋に生きる生き物よ! いい、燈里? 女は度胸! うじうじ悩んで一生を終えるくらいなら、好きな男追っかけて何処までも行きなさい!」
「母ちゃん……」
「あんた達には今まで隠してたけど、あたしも、父ちゃんとは駆け落ちしたのよね」
「え!!! 何それ! 知らない!!」
「だから隠してたんだってば。あんた達、父ちゃんのおじいちゃん・おばあちゃんとは一緒に住んでたけど、あたしの親には会ったことなかったでしょ?」
「そういえば……」
「まぁ、理由はそう言うことよ。でもその代わり条件があるわ! あんたには絶対それを飲んでもらうわよ」
「条件?」
「そう。一つは短大を卒業してから行くこと。もう一つは、家族全員に本当のことを話してから行く事。父ちゃんは反対するだろうけど、あの人のことはあたしに任せなさい」
「うん」
「最後の一つは……」
「…………」
「必ずイースって子をモノにして、幸せになる事」
「……ありがと、母ちゃん」
じわりと目の奥が熱くなる。今までモヤモヤしていた胸の中が一気にすっきりしたのが分かった。
「大丈夫! あんたはあたしに似てるから絶対良い女になるわ。さ、そうと決まったら花嫁修業よ!」
「えぇ!!」
「あったり前でしょ! 料理一つ出来なくて男が落とせると思ってんの!! さ、やるわよ!」
「はーい!!」
気合の入った母ちゃんを追いかけて台所へ駆けて行く。
ねぇ、イース。例え何度そっちに行くのに失敗したって、この恋が叶わなくたって、もう一度あたしはあんたに会いに行くよ。




