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【エピローグ】 紅の地竜と天竜の娘(1)

 

 自室に戻ってやっと肩の力を抜く。さっきまでお世話になってきた人達の所を回って挨拶してきたのだ。

 皆が別れを惜しんでくれた。レティシアに大泣きされた時は流石に困ったな。もらい泣きしそうになるのを必死に我慢したけど、やっぱり嬉しかったし、寂しかった。優しい人達ばっかりで本当にあたしはラッキーだったと思う。突然知らない場所に放り出されたら、危ない目にあったっておかしくない。それもこれも、最初に声をかけて王城に連れてきてくれたイースのお陰だよな。

 そう思って、あたしは後ろを振り返る。そこには自室まで着いてきてくれたイースの姿があった。


「これで帰れなかったらあたし相当かっこ悪いよね」

「大丈夫ですよ。カノンさんも成功したのでしょう?」

「でも、つがいがいないし……」


 そうなのだ。実はまだあたしの番となる竜の血を引く人は見つかっていない。こんなんで本当に帰れるのかなぁ?


「ミナミさんが言っていたでしょう? こちらに来る時、夢の中で声の主の傍に行きたいと思ったらこちらの世界にいたと。つまり竜だけではなく、帰りたいと願うアカリの想いも必要なんですよ。夏節祭に集まった人々と、アカリの願いがあれば大丈夫です。それに……」

「それに?」

「番同士は深い所で繋がっていますから。例え実際に会っていなくても、アカリの心からの願いは番の竜にも届いている筈です」

「そっか……」


 イースがそう言ってくれるならきっとそうなんだろうな。なんかあたし、すっかりイースを信用している。最初は小うるさい説教眼鏡としか思ってなかったのに。


「お元気で」

「うん。イースもね。色々ありがと」

「いえ。それじゃ」


 小さく会釈してイースが部屋のドアに手をかける。あたしなんかに頭を下げる必要なんか無いのに、変に真面目なんだから。その後姿に、あたしは何故か黙っていられなかった。


「……なぁ、」

「はい?」

「あたしが眠るまで、此処にいてくんない?」


 言ってから気がついた。これってかなり恥ずかしい発言? 皆の前では笑っていられたけど、実はすっげー寂しいってバレバレ?

 するとあたしの考えている事が読めたのか、イースが少し意地悪そうな顔で笑う。


「いいですよ。子守唄でも唄ってあげましょうか?」

「ガキ扱いすんな!」


 咄嗟にベッドの上においてあった枕を投げつける。するとそれをいとも簡単に受け止めて、イースがこちらに歩いてきた。


「ははっ。前にもこうして枕を投げられたことありましたよね」

「あー、うん。あったね」

「お転婆も程ほどにしてくださいね」

「うっせ!」


 ひとしきり騒いだ後、あたしはこちらの世界に来た時と同じTシャツ・ジャージ姿でベッドに潜る。しばらくベッド脇の椅子に座ったイースと雑談していたけれど、帰り支度やら挨拶やらで疲れていたせいか、いつの間にか瞼が重くなっていた。

 

 




【紅の地竜side】


「アカリ……? 寝てしまいましたか?」


 静かになったアカリの顔を覗きこむ。そこにはあどけない表情で瞼を閉じた彼女の姿があった。


 とうとう来てしまった。この時が。明日は夏節祭の初日。つまり今夜未明、夢を通じてアカリは元の世界に帰るのだ。僕はぎゅっとシーツの上に投げ出されたアカリの手を握る。

 今、部屋には僕とアカリの二人きり。レティシア姫も最後までアカリと一緒に居たいと仰っていたけれど、レビエント殿下が説得してくれた。殿下は気付いているのだ。アカリのつがいが僕である事に。


 覚悟はしていた。翠の国第三王子リーリアス殿下の婚約者、カノンさんが元の世界に帰る事に成功したと聞かされた時から。……覚悟をしていた筈なのに、この手を離したくないと願っている自分が居る。

 僕はその想いを振り切るように握っていた手から力を抜き、そしてその手の甲にキスを落とした。


「……アカリ。どうかご家族とずっとずっとお幸せに」


 眼鏡を外して彼女の唇に震える自分の唇で触れる。最初で最後の口付け。

 もしもアカリが起きていたら、こんな勝手な事をして怒られたかもしれない。けれどごめん。今だけは許して。その代わりに僕は、愛しいこの手を離すと約束するから。


「愛しています。僕の、たった一人の天竜」


 祈りを篭めて目を閉じる。すると自分も深い眠りに誘われるのを感じた。そして次に目を開けたのは日付を越えた夜明け時。


「っ!!」


 ベッドに伏していた上半身を起こしてはっと息を飲む。そこにはもうアカリの姿はなかった。ベッドの上にも部屋の何処にも彼女の姿はない。この世界の何処を探しても、もう彼女はいないのだ。世界にただ一人の番をこの腕に抱きしめる事はもう叶わないのだ。


「ぅっ……」


 僕はシーツに顔を埋め、声を殺して泣いた。ただただ彼女を想って、引き裂かれるような胸の痛みに促されてひたすらに。


 心の中でアカリの名前を呼びながら、泣いた。

 

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