【エピローグ】 翠の地竜と天竜の娘(2)
理解して欲しいと思っている訳じゃない。私はただ、伝えたかっただけ。
迷惑かけてごめんなさい。お母さんの言う事聞かずにゲームばっかりしてごめんなさい。お父さんに貰ったお小遣いで漫画ばっかり買ってごめんなさい。周囲に自慢できる良い娘じゃなくてごめんなさい。
お母さん、産んでくれてありがとう。お父さん、今まで学校に行かせてくれてありがとう。私に素敵な名前を付けてくれてありがとう。お陰で大切な人に喜んでもらう事ができたんだよ。
朱音、お父さんとお母さんの期待を一人に背負わせちゃってごめん。それから、これからも一人にさせちゃうね。ごめんね。
たくさんたくさん、ありがとうございました。そして、さようなら。
戸惑う朱音の顔が見える。何を言っているんだと厳しい顔をしたお父さんの顔が見える。呆れた顔をしたお母さんの顔が見える。
分かってる。全部説明した所で理解して貰えるなんて最初から思っていなかった。当然だよね。漫画やゲームばっかりしてる娘が突然こんな告白をしたら、現実と非現実をごっちゃにしてるんじゃなかって疑うよね。
だから説得できるなんて過信はしてない。私はただ、伝えたかっただけ。あちらの世界に戻る為に、ごめんなさいとありがとうを、今の私の言葉で伝えたかっただけ。
多分、朱音だけがほんの少し気付いてる。だって、私と同じように朱音の顔にも涙が浮かんでる。私の大切な双子の姉。ずっと二人だったのに、いつの間にか一人にしてごめんね。でも私、大切な人を見つけたんだ。彼の傍にずっといたいんだ。だから行くよ。本当にごめん。
そう言葉にしたら、朱音から小さく「ばか」と言葉が返ってきた。だから、私はやっと笑う事ができた。
笑って「ありがとう」を言う事が出来た。
* * *
「あ、あれ?」
両親に部屋に戻って冷静になれと言われて、ベッドにつっぷして泣いた所までは覚えている。泣き疲れていつの間にか眠ってしまったのかもしれない。けれど驚いた事に、私が目を覚ましたのは実家のシングルベッドの上じゃない。上品な刺繍で飾りつけられた天蓋付きの大きなベッドの上だ。
「え? なんで?」
「カノンっっ!!!」
「リ、リアス君!??」
横になった私の上に乗り上げ、ぎゅっと抱きついてきたのは新緑の髪に小柄な体のリアス君。
あれ? なんで私また此処にいるの? この世界とあちらの世界を行き来できるのは春節祭の初日。だから、こちらに戻って来られるのは一年後だと覚悟していたのに。
「あ、あの、リアス君??」
「カノン~~~~!!」
「えっと、私があっちに行ってからどのくらい経ったの?」
するとコテッとリアス君が首を傾げた。
「半日ぐらい?」
「はっ半日!?」
成る程……、まだ春節祭の初日以内だったから直ぐに戻ってくることが出来たんだね……。
「カノン、泣いたのか?」
「え、あ……」
私の目が腫れている事に気付いたリアス君がそっと私の目尻を撫でる。その温かさにまた目に涙が滲んだ。
「……ごめん」
「え?」
「俺が……、もっと我慢出来てたら……」
「違うよ!」
「違う?」
「あっちの世界にいたくて、泣いてたんじゃないよ」
「……そう、なのか?」
「うん」
「ならもう、ずっと此処にいてくれるんだよな?」
「うん。私は……、ずっとリアス君と一緒に居るよ」
リアス君。私の我侭を聞いてくれてありがとう。
伝える事が出来れば満足なんて大人ぶってみたけれど、本当はね、お父さんとお母さんに納得してもらえなくてちょっと悲しかったんだ。でも、目が覚めて一番にリアス君が私の名前を呼んでくれた。それだけで嬉しくて、また涙が出てきたよ。
あちらの世界の全てを手放してしまった分、お父さんとお母さんを悲しませてしまう分、私はこの世界で頑張ろうと思う。いつか認めてもらえるように幸せになるって約束するよ。
昨夜と同じようにベッドの上でお互いの存在を確かめるように抱きしめ合う。
パレードが始まるからと兄殿下達が呼びに来るまで、あと少し――
END




