光と竜
セナードに手を引かれるまま連れてこられたのは王城の裏庭だった。裏庭と言っても敷地はとても広い。学校の運動場ぐらいはすっぽり入ってしまいそう。彼はそこで私の手を離すと、植木の無い開けた場所へ一人移動した。私は何も言えずにただそれを見ているしかない。
中心で足を止めると、セナードは私を見た。彼と目が合う。銀色の瞳にはただひたすらに私だけが映っている。
「あの……」
問いかけようとした時、急に大きな風が巻き起こった。驚き慌ててぎゅっと両目を閉じる。けれど風は直ぐに止んで、次に目を開けた時そこにセナードはいなかった。
「セ……セナード?」
いや正確に言えば、彼はそこにいた。けれどそれは先程まで私が見ていた姿ではない。全身は白銀の鱗で覆われ、背には大きな羽。ずらりと並んだ牙に両手両足には鋭い爪が生えている。太陽の光を浴びてきらきらと光る美しい白竜。けれどそれは間違いなくセナードだった。私の姿を映す銀色の瞳が、彼だと教えてくれている。
『ヒナタ』
「セナード……」
『俺が、怖い?』
「そんな訳ない!!!」
私は自分よりも遥かに巨大な白竜の下へ飛び込む。そして太い前足に抱きついた。セナードは静かに体を伏せて、顔を私の傍に寄せる。
どうして今まで気づかなかったの? 竜の血を濃く引く王族は竜の姿になれると知識だけは知っていた。けれどこうして実際目にしなければ人が変身することなど想像もつかなかった。
「セナード、あなた……あの時の白竜なんでしょう? ずっとプリモ村の傍の森に居た」
『うん』
「……ぅ…」
その答えを聞いたとき、私の目からは我慢しきれず大粒の涙が流れていた。
『ヒナタ。泣かないで……』
慰めるように優しいセナードの言葉が耳に響く。けれど私の涙は止まらなかった。
私が初めて森の中で白竜を見つけた時、その姿は砂埃と苔や雑草で鱗の色など分からない程に汚れていた。それはずっとずっと永い間あの場所で一人じっとしていた何よりの証拠である筈。
「いつから……あの森にいたの……?」
『ヒナタが、この世界に来た時から』
ならば三年間、あの森でじっと耐えていたのだ。私が会いに来るか分からないあの状況で。私が偶然見つけなかったら、一生会えぬままだったかもしれないのに。
「どうして、竜のままであそこに?」
『この世界に来てからも、ヒナタは泣いてた。ヒナタが此処に来たのは俺のせいだ。だから……』
これ以上悲しませたくなくて無理に自分の傍に連れて行くことが出来なかった。それでも、己の身勝手な願いがひなたを泣かせているのだと分かっても、少しでも傍にいたくて竜の姿であの森にいた。竜のままならいくらでもあの場所でじっとして居られたから。
そう聞かされて、私は彼の気持ちを疑っていた自分を恥じた。セナードはただただ私の事だけを思って、永い時を過ごしていたというのに。
あぁ、貴方は本当にずっと私の傍に居てくれていたのね。私が誕生してからは夢の中で、この世界に来てからは白竜としてあの森で。そして王都に来た時、人の姿で私に会いに来てくれた。
これが愛じゃないのだとしたら、一体何だというのだろう。
「セナード……」
『ヒナタ?』
「ありがとう……」
『ヒナタ……』
「ずっとずっと傍にいてくれて、ありがとう」
私、あなたの気持ちに応えたい。今度は私があなたの傍にいてあげる番だと思うから。
合格発表のあの日、悲しみにくれる私を慰めてくれた時のように、今度は私が貴方を温める光になりたいと思うから。




