見えない法則
新節祭二日目。今日も王都は沢山の人で賑わいを見せている。昨日セナードに頼んで、宿泊する筈だった宿屋にはヒュージ達への伝言を頼んでおいたから、彼らも私の事は気にせずこのお祭を楽しんでいると良いな。折角王都まで来たのに、心配して楽しめないのでは申し訳ないもの。
伝言と言っても勿論セナード達のことは明かしていない。知り合いと偶然ばったり会って、しばらくそちらにお世話になる事になったと伝えただけだ。言える筈無いよね。私が白の国第二王子の番だなんて。……自分でも、まだ全てを受け止めきれていないのに。
「ひなたちゃん?」
「え? あ、すいません……」
突然名前を呼ばれて私は顔を上げた。そうだった。今、各国の王族の人達は公務でいないから、女性達だけでお茶をしようと集まっている所だった。一人ボーッと思考に耽っていて話を聞いていなかった私は名前を呼んだ千紘さんに向かって咄嗟に謝っていた。
「大丈夫? 昨日から色々あったものね。疲れちゃった?」
「……疲れていると言うか、気持ちの整理がつかないと言うか……」
「あー、まぁ、そうでしょうね」
千紘さんはそれが当然だと頷いてくれた。気分を害してしまった訳ではない事にほっと胸を撫で下ろして、千紘さんの隣に座っている美波さんを見る。
「あの、聞いてもいいですか?」
突然の話の振り方だったけれど、美波さんは優しく微笑んで頷いてくれた。
「……。どうして、美波さんは此処に残る事を選んだんですか?」
それは彼女の選択を聞かされた時からずっと訊いてみたかった事。セナードと共にいる時には訊けなかった事。
「アークさんと一生を共にすると決めましたから」
「でも……、あの、こんな事言うのは失礼だと分かってるんですけど……。此処に残って、もし気持ちが変わってしまったら……辛くないですか?」
その言葉に一瞬美波さんは目を丸くする。けれどすぐに穏やかな表情に変わった。
「そうですね。それはきっと辛いでしょう。けれど私は、自信があります」
「自信?」
「えぇ。相手の気持ちは相手にしか分かりません。それと同様に私の気持ちは私だけのものです。勿論アークさんを信じていますが、もし彼の気持ちが他に向けられたとしても、アークさんと離れたくないという気持ちは変わりません。自分の気持ちが変わらない自信があるんです」
愛される自信ではなく、愛する自信。だから、迷うことなくこの世界を選ぶ事ができた。それは正に理想だ。私にとって理想の姿。
けれどそれは――
「……です」
「え?」
「私には……無理です」
「ひなたちゃん?」
「信じられないんです。セナードの事も、自分の事も……」
永遠の愛なんて、そんなのは綺麗ごと。期待はいつか裏切られる。人の気持ちはいつか変わる。
私はどうすれば自分が愛されるのかなんて知らない。愛され続けるには何をすれば良いのかなんて分からない。何の条件も無しに得られる無償の愛なんて、信じられる筈が無い。
その時、突然客室の扉が開いた。皆がそちらを振り向く中、扉の前に立っていたのはセナードだった。
「セナード……?」
つかつかと無言でセナードが私の方に歩いてくる。言葉がなくても怖くはない。彼の目は真っ直ぐにこちらを見ていて、そして私の手を取った。
「セナード? お仕事は?」
「…………」
「ついて行けばいいの?」
コクン、とセナードの首が縦に振られる。
私は皆に一言断りを入れて、セナードと共に部屋を出た。
【1分後、客室】
「やっぱ、すげー」
「え、何が?」
「ひなたさんって、何でセナード王子言いたい事が分かるんだろ?」
「あぁ、うん。確かにすごいよね」
「あの人何にも言わずにじっとひなたさんのこと見てるだけじゃん」
「あぁいうの見てるとやっぱり特別なんだなぁって、思うよね」
「ひなたさんが特別?」
「セナード殿下にとってひなたさんだけが特別で、ひなたさん以外の人なんて有り得ないんだろうなぁって」
「端から見てると一目瞭然なのに、なんでひなたさんは自信が無いんかな?」
すると、それまで黙って燈里と風音の会話を聞いていた千紘が初めて口を挟む。
「人の心なんて目に見えないものを簡単に信じられないのは当然じゃない? 夢の中で会った事があるって言っても、ひなたちゃんにとって昨日までそれは夢に過ぎなかった訳だし。実際に会ったばかりの人の気持ちを受け入れるには、重すぎる問題だもの」
セナード王子を受け入れる事は、これからの人生の全てを彼に預けるのと同じことだ。千紘から見たひなたという女性は随分後ろ向き思考のようだけれど、そうでなくとも何かに縋りたくなる気持ちは理解できる。
証拠とまでは言わないが、確かに彼が自分を、自分だけを求めているのだという確証が欲しいのだ。そう思うのは彼を疑っているのではなく、彼を信じたいと思っているが故。
もし自分達が生まれた時から護国の民であったなら、もっと話は簡単だったろう。竜が求める番は生涯ただ一人というのは、彼らにとって海が青いのと同じぐらい当たり前の事。だから、竜の血を濃く引く王族ならば、嘘偽りなく一生自分だけを見てくれると確信が持てる。
でも自分達は違う。人の気持ちが時と共に移ろうのは不思議な事じゃないと知っている。だからこそ、不安になる。確証が欲しくなる。時を重ねて信頼と愛情を得た関係ではないから、この先を想像出来ずに差し出された手を前に戸惑ってしまう。
そして千紘も分かっているのだ。ひなただけがセナード王子を理解できるように、千紘だけが双子王子を見分ける事が出来るのは、自分だけが彼等の特別である何よりの証拠なのだと。
「ひなたちゃんの不安を取り払う事が出来るのはセナード殿下だけですから」
柔らかい美波の声で思考に沈んでいた千紘は顔を上げた。
「私達は二人が出す答えを待ちましょう」
その言葉に全員が頷いた。




