地は天を手に入れる
彼女が泣くのを見るのはこれが初めてじゃない。今までも何度かあった。もっと彼女が幼い頃はそれこそ毎日のように泣いている日だってあった。その度に彼女を抱きしめて頭を撫でた。けれど今は彼女もあと数年で成人を迎える年だろう。大きくなってからはこんな風に夢の中で泣く姿なんて見たことがない。
(何があったんだ……)
彼女の傍に膝をつく。そして幼い頃のように頭を撫でた。段々と彼女の泣き声が小さくなって、気が付けばその目は穏やかに閉じられていた。
あぁ、良かった。力の抜けた彼女の体をそっと横たえる。自分の膝に彼女の頭を載せて、自分の気が済むまで柔らかな黒髪を撫で続けた。
いつか、本物の彼女の髪に触れることは出来るのだろうか。本物の彼女の声を聞いて、本物の笑顔を見ることは叶うのだろうか。
「会いたい……」
だって俺は君の番だというのに、君の名前を知らない。君も俺のことを知らない。いつまで耐えればいい? どれほど願えば、君に会う事ができる?
「会いたいんだ……。俺の番。俺の愛しい人」
彼女の手を取り、そっと甲に口付けを落とす。いつかこの滑らかな肌に、他の男が触れる日が来るというのか。自分以外のオスが、俺の番に触れるのか。
「無理だ……」
そんな日が来たら自分は壊れてしまうだろう。竜の本能のまま暴れて、この甘美な世界を破壊してしまうだろう。
「お願いだ。俺を見て……」
俺の下に来て。俺に会いに来て。その為だったらなんだってする。何だって差し出すことが出来る。もし一瞬でも本物の君を抱きしめられるのなら、この命が燃え尽きてもいい。だって、君に会えない一生に何の意味がある? 夢だけで満足できる日はもうとっくに過ぎてしまった。もう耐えられない。君によって満たされた筈の空虚な穴がまた広がり始めているのだ。君を求めて竜の本能が吠えているのだ。
あぁ。二人だけの白い世界が消えていく。もう直ぐ、彼女が目を覚ましてしまう。俺の腕の中から消えてしまう。
「行かないで……」
ゆっくりと彼女が瞼を開く。曇りのない黒い瞳が俺を捉えた。けれど彼女の姿は段々希薄になり、そしてとうとう俺の前から消えてしまった。
その瞬間、俺は吠えていた。人間の声ではない。一瞬で竜へと変貌した俺は、本能のまま悲しみと怒りで吠え続けた。番を求めて彼女を求めて。ただひたすらに、真っ白な夢の世界を破壊しようと。この世界を壊して彼女を手に入れようと。
そしてその願いは、叶えられたのだ。




