白い世界に君がひとり
自分の体の中心にぽっかりと穴が開いているような飢餓感がある。それはこの世に生れ落ちてからずっと持っているものだ。お腹一杯ご飯を食べても、日が暮れるまで遊んでも、目が痛くなるくらい本を読んでも、夜眠れなくなるくらい昼寝しても埋まらない大きな大きな穴。
まだ幼い頃、竜の血を濃く引く自分たちには番という存在がいて、それは何物にも変えがたい幸福を与えてくれるのだと教えられた。同時に理解した。自分のこの穴は番にしか埋められないのだと。番が自分の下に来てくれた時、初めてこの飢餓感がなくなるのだと。
だからずっと番を探していた。勉強している時、公務で他国を訪れた時、兄と共に城を抜け出して城下を散策した時。けれど番は見つからない。どれだけ探してもどれだけ求めても目の前に現れない。それでも諦められないのだ。竜の本能が常に自分を突き動かす。番の鼓動を、温もりを求めて。
ある日、夢を見た。真っ白な場所に立っている夢だ。そこには赤ん坊が一人ぽつんと座っていた。まだハイハイを始めたばかりの小さな小さな赤ん坊。自分が傍に行くとその赤ん坊は俺を見上げて――笑った。
(あっ……)
その瞬間、体の中心が暖かくなった。まるで春の風が吹きぬけた時のように。そして理解したのだ。この赤ん坊が自分の番だと。ずっとずっと捜し求めていた存在は確かに此処に居るのだと。
そっと抱きあげれば夜空のように黒くまん丸の瞳が興味深げに俺の顔を覗きこんでいる。俺は彼女の額に唇で触れた。彼女が嬉しそうにまた笑った。
夢の中で彼女に会う度、俺の穴が埋まっていく。彼女の成長を見守りながら、俺の心は満たされていった。
けれど彼女が大人に近付いていることに気付いた途端、不安に襲われた。このまま彼女が少女から美しい女性に成長した時、彼女は彼女の傍にいる人間と恋仲になってしまうのではないだろうか。そう、もう俺はとっくに気付いていたのだ。彼女は自分とは違う世界に生きる人間なのだという事に。
不安はあってもどうする事も出来ずにいたある日、夢の中で彼女が泣いていた。着ているのは初めて見る服だ。膝より短いチェック模様のスカートに紺色のブレザー。顔は見えない。何故なら膝を抱えて顔を伏せていたから。
「どうした?」
声をかけても彼女は答えない。けれど無視されているわけじゃない。その理由は分かっている。夢の中ではいくら叫んでも彼女に俺の声は届かないのだ。




