夢の中のひと
うちは一族全員東大卒の所謂エリート一家。私も幼い頃から当然のように東大を目指すべく勉強に励んでいた。
某有名一貫高で、放課後の塾は当たり前。友人と遊ぶ時間はなく、家に居る時は家庭教師か自主勉強。テストで良い点をとってもそれが当たり前で、褒められた事なんて一度もない。けれどそれを苦だと思ったことはなかった。だって、それが当たり前だったから。父も母も、そして兄も通ってきた道だ。出来る事が当たり前で、出来ないなんて選択肢は最初から用意されていなかった。
弁護士の父と母は毎日仕事。連休も夏休みもクリスマスも家族でイベントをするという事はない。遊びに行く事もない。歳の離れた兄もほとんど家にいる事はなく、食事を取るのはいつも一人。家事は家政婦さんがやってくれていたら不自由する事もなく、お小遣いは十分なほどもらっていたから困る事はなかった。
長く感じた大学受験を終え、無事東大に合格。この時ばかりは私も浮かれていた。だって、この日の為にずっと勉強を頑張ってきたのだから。けれど家に帰っても誰もいない。メールで両親に合格した事を連絡しても、特別返信はなかった。家で顔を合わせても言葉をかけてくれることも無かった。
この時、私は初めて泣いた。寂しくて、ただひたすら泣いた。頑張ったね、お疲れ様、と声をかけてもらえるものだと思っていた。東大に合格すれば、両親が喜んでくれるものだと思っていた。けれどそうではなかったのだ。
そこでやっと気がついた。ずっと幼い頃から東大を目指せと言われ必死に勉強してきたけれど、そこに自分の意思は一つも無くて。私はただ両親に振り向いて欲しかったのだと。自分を認めて欲しかっただけなのだと。そして同時に、それは絶対に叶わぬ夢だという事も。
泣き疲れてそのまま眠ってしまい、私はその日不思議な夢を見た。
気付けば知らない人に膝枕をされている。そしてその人は時折私に何かを囁きながら、ずっと髪を撫でていてくれた。懸命にその人の顔を見ようとしても視界は靄がかかったように白く、ついに見ることは叶わなかった。私に分かったのは骨ばったその手が男性のものだという事。そして私に語りかける彼の声がとても優しかった事。何を話しているのかまでは聞こえなかったけれど、その手つきは私に「頑張ったね」「えらいね」と言ってくれていたような気がしたこと。
その夢に励まされて、私はくさらずに東大に入学することが出来たと思う。もしもその夢を見なければ、そのまま家出でもしていたかもしれない。まぁ、その後直ぐにこちらの世界に来てしまったから、結局大学には全然通えていないのだけれど。でも後悔はしてない。だってプリモ村に来て、ロリズリーさんのお家でお世話になって、私は初めて人の優しさに、家族の温かさに触れることが出来たから。
村の人達が与えてくれた無償の優しさは、ずっと欲しかったのはこれだったのだと私に気付かせてくれたのだから。




