白の国民は手が早い?
結局この人誰なんだろう。一か八かで本人に聞いてみる? でも本当に痴漢だったら教えてくれるはずないよね。でもいつまでもこのままでいるわけにも行かないし。もしかしたらヒュージ達が私を探してるかもしれないし。早く戻らなくちゃいけないのに。
「あの……」
「…………」
「すいませんが、どちら様ですか?」
「…………」
やっぱり無言か。そう諦めかけた時、右耳にふっと温かい息がかかった。
「セナード」
「え……」
話せたんだ! そう思ったのも束の間、男性にしては少し高めの静かな声が耳に届いた瞬間、ぞわりと背筋を何かが走り抜ける。
え? 何これ!? 鼓動が跳ねて落ち着かない。逃げ出したいのに、お腹に回った彼の腕が私を拘束していてそれも叶わない。
びっくりして身を捻れば、少し眉を下げた彼の顔が視界に入った。ねぇ、なんでそんな悲しそうな顔をしているの? じっと銀色の瞳に見つめられ、彼が何か訴えているようにも見える。
あれ、もしかして……
「あの、私はひなたです。皆はヒナって呼びますけど」
「ヒナタ」
あっ……。先程までの無表情でも悲しそうな顔でもない。目を細めて口角が上がった初めて見る彼の笑顔。少し幼く見えるそれは一気に私の警戒心を解いてしまった。だってそれはとても優しそうでとても綺麗で、心の底から喜んでいる事が分かる、そんな笑顔だったから。
「ヒナタ」
再び名前を呼ばれたかと思ったら、長い指が彼とは対照的な真っ黒な私の髪を撫でていく。優しく、時には髪を梳く様にして。
(あれ? 私……この感覚を知っている気がする)
でも一体どこで?
この人とは初対面の筈。セナードという名前も初めて聞いた。でも確かに私は前にもこんな風に頭を撫でてもらった気がする。
あまりの気持ちよさについうっとりしていると、柔らかいものが耳を掠めた。何?と思って振り返れば、今にも触れてしまいそうな位置に彼の顔が。しかもその表情は今にも溶けてしまいそうなほど甘い。ぼけっと見惚れていたら、段々と彼の顔が近付いてきて……
(あ、あれ?)
気付けば顎を取られ、口付けされていた。柔らかいものが自分の唇を塞いでる。
「んっ……」
最初は触れるだけ。それが離れたと思ったらまた直ぐに触れてくる。何度も何度も表面をふさがれ唇同士が擦れて、やがてぺろりと舐められた。その感触にびくっと体が震える。けれど彼の左腕ががっちり私の腰をホールドしたままで、逃げ道なんてどこにもない。ぎゅっと唇を結んでいたけれど、やっぱり息が苦しくなって思わず息をしてしまう。けれどその隙を逃がさず、彼の親指が開いた唇の間に差し込まれた。
「ふ…ぅ……」
苦しげな声が漏れるけれど、彼は離してくれない。それどころかもう一度彼の顔が近付いてきて、再び唇を覆うように被さって来る。抜かれた親指の代わりに咥内に侵入してきたのは彼の少し冷たい舌。
もう頭の中がぐちゃぐちゃで、けれど合間に見える彼の表情が本当に幸せそうで、私は無理に暴れて彼から逃げようなんて事すら考え付かなかった。
えーと、所で、やっぱりこの人ち……痴漢なの?
【二時間前 白の王城】
バタバタと城の裏口にやってきたのはこの国の騎士達だ。これからアカリ達がプリモ村へ出発する所だった為、そこには皆が集まっていた。
「大変です! セドア殿下!!」
「朝からどうした?」
「セナード殿下が!!」
「何? セナードがどうした!?」
セナードの名前にセドアは鋭く反応する。騎士達の焦った様子に嫌な予感を覚えた。
「お姿が見えないのです!!」
「まさかまた……」
言葉を失うセドアに冷静な声をかけたのは千紘だった。
「落ち着いてください。セドア殿下。もしプリモ村の方へ行ったのなら、当然竜の姿で向かった筈です。誰にも目撃されずに大勢の人が集まっている中、あれ程大きな竜が飛び立つことは難しいのでは?」
「あぁ。そうですね。となれば、人の姿で市井に出たのか……」
ありえない話ではない。それに彼が動くとなれば、その先には彼の番がいる筈だ。
「人の姿で移動したのであれば、まだそう遠くへは行ってない筈です。手分けして私達も王都内を探します」
「……頼みます」
正にこれから出る所だったアカリとイースは肩透かしをくらった気分で、互いに顔を見合わせていた。




