04.いよいよ観念したガール
自発的に厳しい修行をしたがる理由とは如何なるものか。
疑わしげな視線を向けるわたしの前で、院長先生はこんな話を始めました。
「アンタ、世界樹については知ってるね?」
「え、はい? それくらいは、まあ……」
世界樹。
如何にもファンタジー世界にありがちっぽい名前です。
というか、当修道院が属する宗教が崇めているのが、まさにそのビックリ植物に宿っている神様だったはず。いくらタダ飯目当ての不良修道女とはいえ、毎日のように聖典やら何やらに目を通していれば流石にそれくらいは覚えます。
とはいえ、その信仰対象たる世界樹は現存していないはず。
かつては天まで届く異様な威容の大木が国中のどこからでも見えたそうなのですが、残念ながら例のバイオレンス聖人ステゴロアさんが現役で大暴れしていた時代に、戦乱の煽りで焼失してしまったらしいと聞いています。
なにしろ生まれる遥か前の出来事なので本当にそんなサイズのビックリ植物が実在したのか疑わしく思ったこともありますが、他でもないこの修道院にも木片の一部が御神体として保管されておりまして。
同じような他の宗教施設だとか国が運営するような研究機関、あとは各国のお城の宝物庫などにも同様のブツが納められているそうですし、驚くべきことですが世界樹がかつて存在していたのは事実なのでしょう。
「で、話は変わるけどアンタらがいつも水汲みしてる修道院の裏にある泉あるだろう。その泉の真ん中から細っこい木が生えてるのは知ってるね?」
「ええ、はい。変なトコから生えてるなぁとは思いましたけど」
まあ、水から伸びるくらいならマングローブだって似たようなモンでしょう。
広い世の中には、そういう妙な種類の草木があっても別におかしくはありません。
「アレね、世界樹」
「はい?」
ちょっと変わっただけの普通の植物……だと、思っていたのですが。
「だから世界樹だよ。アタシらが毎日お祈りしてるアレ。大本の世界樹は大昔に焼けちまったけど、完全に燃え尽きる前に種でも飛ばしてたんだろうね。ここの初代様が奇跡的に生き延びてる若木を見つけて、それを密かに守って育てるためにわざわざ修道院なんぞ作ったと」
「へえ、すごいですねぇ」
失われたはずの世界樹が実は次代に命を繋いでいた。
たしかに凄いお話ではあるのでしょう。然るべき場所で発表すれば、世間を揺るがす大ニュースになるかもしれません。ですが、密かにと言っている以上は極力秘密にする方針なのでしょう。付け加えるなら、その情報が眼前で繰り広げられる異様な拳法修行とどう繋がるのかは未だ全然分かりませんが。
「ここから先は聞くより見たほうが早いかね。ええと……ああ、ちょうど適当な枯れ木があったからコイツでいいか」
「はい? 院長先生、いったい何を……」
「まあまあ、見てな。種も仕掛けもありゃしないよ。フンッ」
院長先生がわたしの目の前にあった枯れ木に拳を一突き。
その効果はなんとも絶大なものがありました。
「な、ななっ!?」
完全に枯れて朽ちかけていたはずの木が、見る見るうちに力強い生気を取り戻して青々とした葉が茂ったのです。院長先生がグーパン入れてから僅か数十秒での劇的な変化。どんな手品でもこんな真似は不可能でしょう。
「これは……もしかして魔法とかです?」
「いいや、アタシはそっちの才はサッパリでね。コイツは魔法とは全くの別物で、なおかつ訓練次第で誰にでも覚えられる活法さ。どうだい、ちょいと興味が出てきたんじゃないかい?」
「う……」
この世界に魔法とは別種の特殊能力なんてものがあったとは。
今生においてはとっくに諦めていたはずの、特別なスキルで大活躍する系の欲望が心の中で急激に息を吹き返してきたのを感じます。
「ほれ、あの子らを見てみな。杭やら砂袋やらを叩く合間に、足下に置いてあるツボに手を浸しているのが分かるかい?」
「あ、よく見たら何か置いてありますね。さっきの話と合わせて考えると、もしかしてあの中身が例の若木に関係ある何かだったり?」
「くっくっく、流石にあれだけヒントがあれば分かるかい。あのツボの中身は泉の世界樹から落ちた葉っぱを集めて、細かくすり潰して、副作用を抑える他の薬草やら油やらと混ぜて作った軟膏だよ。ああして、わざと手に細かい傷を付けるような修行をして、そこから直に世界樹の御力を身の内に取り込むって寸法さね」
なるほど、そういう世界樹由来の神秘的な成分が皮膚や筋肉にたっぷり染み込んでるからこそ、さっきの枯れ木は院長先生のパンチで一気に蘇ったわけですか。あれ、でも……?
「あのぅ、木の成分を活用するだけなら別に手に染み込ませずに、普通にビンとかに集めて塗るんじゃダメなんですか?」
「ああ、ダメだね。そんな真似をしたら刺激が強すぎて怪我が治るどころかショックで心臓が止まっちまうよ」
それは一般的に猛毒と言うのではないでしょうか?
いえ、同じ物質でも量や使用法によって毒にも薬にもなるのは普通のことですが。
「修道院の小娘共が傷口に塗り込んでも平気なのは、ほれ、あのクソ不味い香草茶を毎日飲んでちょっとずつ耐性を付けてるからだしね。ああ、あのお茶も世界樹の葉っぱを煎じて、うんと薄めたやつだから」
なるほど、だから入ってから今日まで半年もの間があったわけですか。単に耐性の問題だけでなく、世界樹の秘密を守れるかどうか信用面のチェックも兼ねていたのかもしれませんが。
「あとは何故だか薄めた世界樹汁をそのまま塗るより、人間の手を経由させたほうが治りが良くなるのさ」
具体的な理屈は院長先生にも分からないようですが、強引に解釈するなら世界樹由来の不思議成分と人間の汗や血液といったアレコレが体内で何かしらの化学反応を起こして薬効が強まる……とか、でしょうかね?
よりファンタジー寄りの理屈を考えるなら、世界樹に宿る神様が女好きで修道女の肉体に宿ることで平常時よりやる気を出しているとか。ううん、それはちょっと気分的にイヤなような……いえ、実際のところはさっぱり分かりませんけど。
「ま、そんなワケで真面目に修行してれば魔法や医者でも及ばない癒しの力を手に入れることができるのさ。名目上は善意の寄付ってことになってるけども、普通じゃ治らないような病気や怪我を治した王侯貴族からの謝礼もガッポガッポってなもんだ」
この修道院の財政状況が異様に良好なのには、そういった事情があったわけですか。
修道女の中には純粋に信仰対象と一体となれること自体に価値を見出す人もいるそうですが、あちこちのお偉いさんにお呼ばれした際の謝礼金のうち半分は修道院に、残り半分は治療を担当した者が懐に入れてもよいという大盤振る舞い。普段お世話になっている先輩方も、ああ見えて各自かなりの額の現ナマを貯め込んでいるのだそうで。
院長先生のように修道院に属したまま遊び回るのは少数派としても、いずれお嫁に行くなり何なりで還俗した際にも十分な軍資金があるとないとでは大違い。なるほど、そういった事情を聞かされると、これは確かに……。
「どうだい、ちょっとはやる気が出てきたんじゃあないかい?」
「……はい」
現金でやる気を出すとは我ながら現金な話ですが。
そんな特大メリットがあるのなら、ちょっとやそっとの痛みは我慢できそうな気がしてきました。さて、それでは将来の豊かな生活のために硬い木の杭をグーで殴るとしましょうか。




