03.そろそろ微毒ガール
さて、今更も今更ではありますが。
わたしがご厄介になっている施設の正式名称は聖ステゴロア修道院。
名前の元になった聖ステゴロアさんとやらは、何百年だか前に実在したその筋では有名な聖人なのだとか。なにぶん不勉強なものでわたしはここに来るまで存じ上げていませんでしたが、なんでも人々を惑わしていた悪魔を、素手喧嘩で泣かせて退散させたというイカれた伝説があるのだそうで。
だからして、その聖人が開いた修道院にそういうバイオレンス方向の奇習が受け継がれていることを、もっと早い段階から覚悟しておくべきだったのでしょう。まあ仮に先んじて覚悟していたところで、それが現実的な問題解決に何か少しでも役立ったかというと別にそんなことはないのでしょうけど。
「千本突き、打ち方始めぃ!」
「キィエエイッ」
「しゃあっ、せいやぁぁ!」
わたしとクーちゃんの下っ端二人組が院長先生に連れてこられたのは、野生のイノシシが出るからと立ち入りを禁じられていた修道院の裏山の中腹あたり。鬱蒼と茂る森の中にちょっとした空き地のような開けた場所がありまして、そこにやって来た……まではいいのです。
問題は、その空き地で繰り広げられる異様な光景でした。
普段は厳しくも優しい修道女の先輩方が、普段のお淑やかな雰囲気など欠片もない鬼気迫る形相で地面に打ち立てた杭や丸太を拳で叩いたり、恐らくは砂で満たされていると思しきツボに何度も貫き手を突き込んだり。一目見た時点で直感的に理解しましたが、これがいわゆる例の特別な修行なのでしょう。
この時点で悪夢のようですが、本番はここからです。
尊敬すべき先輩方が必死に血と汗を流している前で、新入りのわたし達だけは見学だけで勘弁してもらえるなんて甘い話があろうはずもございません。
「じゃ、新入り共。アンタらはそうだねぇ……とりあえず、そこの空いてる杭を素手の拳でブチ折れるまで叩き続けるところから始めようか」
「む、むむ、無理ですよ!?」
わたしとしても日頃からタダ飯をご馳走になっている組織のボスに盾突くのは可能な限り避けたいのですが、人には向き不向きというものがあるのです。並の男性を遥かに超える強靭かつ強大な肉体の院長先生なら、それはまあ木の杭くらい割り箸感覚で圧し折れるのかもしれませんが。
パッと見た感じ、その杭ってわたしの太ももくらいの太さはありますし。
一応、拳を傷めないための工夫なのか人の顔くらいの高さに藁を編んだ縄がグルグルと巻かれていますが、あんな物では気休めにもならないでしょう。十回か二十回も本気で殴れば皮膚が裂けて血まみれになるのは確実。そればかりか脱臼なり骨折なりして手が使えなくなってしまうのは想像に難くありません。ここは同じ下っ端同士、徒党を組んで抗議の声を上げるべきか……なんて思ったのも束の間。
「はい! どうして杭をぶつのが修行なのかは未熟ゆえ分かりませんが、せっかく特別な修行のお許しが出たのですもの。精一杯やらせていただきますわ! えいっ、えいっ」
「うう、クーちゃぁん……」
ここで二人揃って猛抗議をすれば、同じバイオレンスな修行をするにしても少しは初心者向けのカリキュラムを組んでもらえたのかもしれませんが、我が親友であるところのクリア嬢は敬虔にして善良なる模範的修道女。
意図が分からずとも院長先生には何かしらの深謀遠慮があるのだろうと考えてか、早速元気に硬い杭を叩き始めています。素人目にも分かる腰の引けた手打ちゆえ、その意気込みに反して威力はほとんどない様子ですが。とはいえ、内容が内容なだけに怪我をするのは時間の問題でしょう。
「よしよし、茶髪のほうは素直だね。で、こっちの金髪はまだビビってんのかい?」
「そ、それはビビりますよぅ。だって木とか殴ったら普通に怪我するじゃないですか」
正直、自分でもこの局面でゴネ得が通るとは思っていませんが、痛いのが嫌すぎてわたしも必死に訴えかけます。ちなみに今の危機的状況で補足を入れることではない気もしますが、金髪というのはわたし。茶髪はクーちゃんのことですね。院長先生は人の名前を覚えるのが苦手なのか、それとも単に面倒なのか、誰かを本名で呼ぶことが滅多にないのです。
「ていうか、なんでコレが修行なんですか? いや間違いなく修行の一種ではあるんでしょうけど、もっと騎士さんとか冒険者さんみたいな戦う系の人がやる内容じゃあないです?」
あ、でも言いながら思い当たりましたけど、前世でもお寺によっては拳法とかやるんでしたっけ。全然詳しくはないですけど確か少林寺とか。あとは戦国時代頃のお寺は、実は有名な武将も手を焼いた武装勢力だったとかのお話も当てはまりますかね。
わたしが知る限り、この世界の近隣地域における昨今の情勢は平和なものですが、この修道院が開かれた数百年前はまだまだ物騒なことも多かったのでしょう。神に仕える修道女の集団とはいえ、自衛のために武術の習得が義務付けられていて、それが伝統として現代にまで引き継がれている……とかの理由でしょうか?
「まあ、そういう伝統を大事にする心意気は大事だと思いますけど……ほら、今どき修道女がバチバチの殴り合いをする機会なんてないじゃないですか。ならば、我々もより現代に即した価値観のアップデートを図るべきなのではないかと愚考する次第でありまして、はい」
「あっはっは、よく回る口だこと! だが、安心おし。こうやって鍛えてるのは単なる惰性なんかじゃなくて、ちゃんと現実的な使いどころがあってやってることなんだよ」
「つ、使いどころ?」
太い杭をも圧し折るパンチの使いどころとは?
仮にも神に仕える修道女ですよ我々?
実はこの修道院には、傭兵や暗殺者を密かに養成する裏の顔でもあったのでしょうか。そう考えれば、この施設の妙な金回りの良さにも説明がついてしまいそうで非常に嫌ですが。
「ま、ちと面倒だが、こんくらいの説明はサービスしてやってもいいだろう。アンタみたいな小知恵が回るタイプには、即物的なメリットを提示してやったほうがモチベーションも上がりそうだしね」
即物的なメリットと言われましても、正直まるで想像も付きません。
痛いのが大嫌いで根性がさほどあるわけでもないわたしが、自発的にモチベーションを燃やしてバイオレンス系の修行に精を出すようになるほどの理由など本当に存在するのか。
かなり疑わしくはあったのですが、結論から言うとありました。
それが本当に良かったのかは分かりませんが。
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