外の世界
勇者の前で転移の魔法を使ったスレイヤーは、転移の門がある神殿へと戻ってきていた。魔王城に戻ることもできたが、スレイヤーは調べたいことがあり、神殿に転移したのだ。
神殿からは湖と周囲の森、そして占拠されたベルゼブブの街が見渡せた。すぐ魔王城に戻る前にスレイヤーにはしたいことがあった。
そのため神殿を破壊して使えなくしてから、変身魔法で人間の姿へ変えて街へと向かって歩き出した。普段のスレイヤーは白髪頭に褐色の肌、赤い瞳に燕尾服と目立つ特徴で外に出ている。しかし、今のスレイヤーは黒髪に白い肌、黒い瞳に冒険者風の姿に身を包んでいた。
「スラ、出ておいで」
途中の森で、水筒からスラを解き放つ。プルプルと震えながら水筒から出てきたスラを見て、スレイヤーは笑顔でスラを撫でてやる。
「数日、冒険者としてこの街で過ごそうと思う。人間族の情勢や魔物たちの環境調査をしたいんだ。協力してくれるかい?」
主従関係を結んでいるため、心で通じ合えているのでスラから同意を得られた。
「まずは近くのスライムや魔物たちの情報を集めてくれ。この辺には強い魔物はいないが、死ぬなよ」
スレイヤーはスラの能力に気付いていた。スラはオークを食べた後から、急激にモンスターとしてのレベルを上げている。ベルゼブブ領にいる魔物程度ではスラに傷一つつけることはできない。この辺の魔物を掌握することもできるだろうと考えていた。
「ああ、頼んだ。その前に報酬だ」
ブルブルと震えるスラが同意したので、スレイヤーは食糧庫から持ってきた、オーク肉の一頭分をスラに与える。
「頼んだぞ」
スラはオークの肉を丸のみにして消化していく。そんなスラと別れたスレイヤーは、街へと歩き出した。今回スレイヤーが調べたいと思ったは人間族の生態についてだ。
目的の一つとして、勇者という人物をこの目で見る。それ自体はすでに済ませたので、今度は人間族に紛れて人間族を観察しようと思っていた。
「二、三日は行けるだろ」
ラミアたちを逃げすという目的を果たした。もしかしたら自分は勇者と戦って死んだという扱いになるかもしれない。
だが、魔王城に戻れば戦闘で魔力を使い果たしたため戻れなかったと説明すれば生きていても不自然ではないだろう。
勇者から逃げて回復するまでにかかった時間だと言い訳すればいいのだ。死んでいても生きていも、現在スレイヤーは自由に動ける時間を手に入れた。
ベルゼブブの街に入れば、人間族が街の復興のために働いていた。商人や職人だけでなく、一旗揚げようという冒険者も集まってきている。
スレイヤーもそんな冒険者に紛れて街の中へと入った。まだ整備前のベルゼブブの街は警備も緩く、身元などの確認もされずにすんだ。
冒険者ギルドの看板を見つけたスレイヤーは、荒くれ共が集う酒場と化した店に入っていった。ラミアから奪ったばかりの街だが。すでに多くの人間族が街に入り、人間の街としての修復が行われている。
これも人間族の力ということだろう。どこにでも順応するのが早い。冒険者ギルドや多くの露天商が立ち並んでいる。
「すまない。冒険者登録をしたいんだが」
カウンターに座るオッサンに話しかける。可愛い受付嬢でもいるかと思ったが、開拓が進んでいない未開の地ではさすがに非戦闘員の女性はいないようだ。
「おう。この書類を記入してくれ」
「これだな」
書類には、名前と得意な武器や技を書くだけだった。スレイヤーは偽名としてスレイと書き、得意なことに魔法と記入した。
「魔法使いか。そのひょろい体を見ればわかるがな。ここは特区として登録はできるが、仕事の依頼はまだない。その辺にいるモンスターや素材を取ってきてくれれば買取はする。もちろん評価によってはランクアップもあるから頑張ってくれ。ここに集まっている冒険者は、名を上げたい者や、純粋に魔族と戦いたい者たちが多くいるから、気性が荒い者が多い。気を付けることだな」
簡単な説明は以上とばかりに、オッサンが次に並んでいる者を呼んだ。スレイヤーは書類の代わりに渡されたネームプレートを見る。そこには名前と最低ランクを現すEが書かれていた。人間族の世界で身分証明になるらしい。
「特区か、そうだろうな」
戦闘が先ほど終わったばかりなのだ。まだまだ非戦闘員が住める環境ではないのだろう。とりあえずはモンスターを狩って整備に当たっているというところだ。
目的の一つである冒険者登録が済んだので、街の中を見て回ろうとギルドの出口に向かったところ、入ってきた者とぶつかりそうになる。
「あっすまない」
それは傷つき汚れた勇者パーティーだった。
「いや、こちらこそ」
スレイヤーは軽く会釈をしただけで、勇者パーティーの横を通り抜ける。
「あのっ」
戦闘を終えたばかりの勇者シュウ・アカツキは感覚が研ぎ澄まされていたのだろう。スレイヤーに何かの気配を感じて呼び止めた。
「なんだ?」
「どこかで会ったことないかな?」
勇者は先ほど会ったときのような辛そうな顔はしていなかった。戦いが終わり安心した顔がそこにはある。何よりも仲間がいるからか、穏やかな顔をしていた。
「いや、俺は今日この街に到着してばかりなんだ。何よりも冒険者登録を終えたばかりだが」
「そうか、最近どこかで見た顔に似ていたと思ったんだが……いや、人違いだ。すまない」
「よくある話だ」
勇者は髪の色や話し方が違うことで人違いだと判断したようだ。スレイヤーは外に出ていった。勇者は首を傾げたままスレイヤーの背中を見つめ続けていた。
「シュウ、報告しに行くよ」
そんな勇者の腕を掴んで魔法使いがギルドの奥へと連れて行った。
「危なかったか?あまり勇者とかかわるのはよした方がよさそうだ」
スレイヤーは適当な空き家を見つけて寝床にした。復興がまだ終わないベルゼブブの街では、まだ宿と呼べるような建物はない。壊された窓から街を眺めていれば、人間だけでなく、精霊族と呼ばれるエルフやドワーフ、ホビットやシルフの姿も見かけるのは人間族と共存しているからだろう。
「魔族には厳しいのにな」
人間族と魔族はずっと戦い続けている。もしかしたら魔族が居なければ精霊族と人間族が戦っていたのかもしれない。それは今となってはわからないことだ。
「今日は疲れたから休むか」
休暇を楽しむように、スレイヤーは眠りについた。
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