ゲドー様の婚姻事情
俺は玉座に座っている。
その俺の膝に、マホがちょこんと腰を下ろしている。
「ゲドー様。もうかなりの数の国が、ゲドー王国の支配下になったのです」
「当然だな」
「各国の運営はどうするのです?」
「それぞれの国が今までやってきたやり方で構わん」
俺は政治に興味はない。
この大陸の全ての国をゲドー王国に併合できれば、それで満足なのだ。
「するとゲドー様、婚姻はどうなさいますの?」
玉座の脇に控えているオッヒーが疑問を投げてきた。
「婚姻だと?」
「結婚のことですわ」
「意味くらい知っておるわ。たわけ」
次に、反対側の脇に控えているキシリーが言葉を発する。
「ゲドー様は婚姻を考えているのだろうか……?」
キシリーは俺をちらちらと見て、何やらもじもじしている。
「えっ、ゲドー様結婚するの? ボクとしようよ!」
エルルが玉座の背もたれの後ろから、俺の首にしがみついてきた。
「え、エルル。抜け駆けはずるいよぉ……」
シーリィがそんなエルルをぐいぐいと引っ張っている。
ふと気づくと、マホも俺をじぃーっと見上げている。
「ええい、結婚などせんわ。鬱陶しい」
俺はエルルを振り払う。
「でもゲドー様、婚姻は国王の義務ですわ」
オッヒーは元王族だけあって、王族の一般論を語ってくる。
まあこいつの価値観でいえばそうだろう。
「ま、まあどうしてもと言うのでしたら、ワタクシが王妃になっても……」
オッヒーも顔を赤くしながら、キシリーと同じく俺をちらちらと見る。
ちっ。
全くどいつもこいつも、くだらん話に興味を持ちおって。
「では聞くが、オッヒー。そもそもなぜ婚姻は国王の義務なのだ?」
「それはもちろん、国王には後継ぎが必要だからですわ」
「なぜ後継ぎが必要なのだ?」
「なぜって、後継ぎがいないと国の存続が……」
そこまで言って、オッヒーははっと気づいたようだ。
「そうだ。俺は限りなく不老不死に近い存在だ」
「そ、そうでしたわ……。つまり」
「左様。この俺がいつまでも生きるのだから、後継ぎの必要などない」
オッヒーがああと天井を仰いで、納得顔になった。
「そもそも俺の身体には、子を作る能力が備わっておらん」
「えっ。ゲドー様、不能なの?」
「殺すぞ」
俺がじろりと睨みつけると、エルルは首を竦めた。
「げ、ゲドー様、そうだったのか……。すまない、そんな事情があるとはつゆ知らず」
「黙れ雑魚ども。違うわ」
俺は肘掛けに肘を置いてふんぞり返った。
マホが俺の膝から落ちそうになって、慌てて俺にしがみつく。
「ねえ、エルル。不能ってどういう意味……?」
「勃起しないってことだよー」
「う、うわあ……」
エルルの説明を受けてシーリィが顔を赤らめている。
だから違うと言っておろうが。
「いいか、よく聞けゴミども。この俺の身体は限りなく不老不死に近い」
「そうですわね」
「言い方を変えれば、生物学的に生殖機能が必要ない仕組みの身体ということだ。子孫を残す必要性がないからな」
「あっ、なるほど」
キシリーが納得顔になった。
「そうだ。俺は勃起もするし女も抱けるが、生殖機能が欠落しているからどうあがいても子を為すことはできん」
「そうだったんですの……」
オッヒーが不憫な者を見るような目つきをする。
俺はそんなオッヒーを見て、鼻で笑った。
憐憫など馬鹿馬鹿しいにもほどがある。
「子など不要。俺自身があと何千年も、あるいは何万年も、この大陸に君臨し続けるのだからな」
俺が唇を歪めると、不意にマホの手がぺたぺたと俺の頬に触れた。
「何だ」
「私もあと何千年も、ゲドー様とご一緒するのです」
「ふん、当然だな。貴様は寿命尽き果てるまでこの俺のしもべだ」
俺がマホの頭に手を乗せると、マホは微笑んで頷いた。
「ボクはエルフだけど、さすがにあと何千年は生きられないかなー」
「エルフの寿命は千年ほどと聞いたことがあるのです」
「うん、たぶんそれくらい。でも千年もゲドー様と暮らせるならまあいっかー」
エルルはえへへーと笑った。
能天気な性格だが、悪い気はしない。
それがこいつの利点だからな。
一方、オッヒー、キシリー、シーリィの人間組はしょんぼりしていた。
「ワタクシ、がんばってもせいぜいあと70年ほどですわ……」
「オッヒー殿、気を落とすな。私もそれくらいだ」
「わ、私も人間なので何千年なんてとても……」
「馬鹿どもが」
俺の一喝に、3人は顔を上げる。
「大事なのは年数ではない。濃さだ。それくらいわからんのか、凡人ども」
「濃さ……?」
「どれだけ長くではなく、どれだけ濃い時間を過ごしたか。貴様ら凡人の価値を決めるものはそれだろうが」
「……その通りですわ」
俺は鷹揚に頷く。
「より濃く俺に仕えろ。充実した時間を過ごせ。水で薄めたスープのような人間は、このゲドー様のしもべとして相応しくない」
「そ、そうだな……!」
「ゲドー様の言う通りですわ」
「が、がんばります……!」
3人は頷き合って、ぐっと拳を握り締める。
そうだ、それでよい。
凡人の取り柄といえばそれくらいだからな。
大いに充足した時間を俺に捧げるがいい。
「では結局、ゲドー様の婚姻はどうなさいますの?」
「どうもせん」
「永遠に一人身ですの?」
「このゲドー様に伴侶など不要。しもべがいればよい」
「そうですの……」
俺は玉座で一層ふんぞり返った。
「全ての存在は俺の下にある。俺が頂点だ。ゆえにこの俺と対等の存在になる伴侶など、いてはならんのだ」
「……さすがはゲドー様ですわ」
オッヒーはため息をついた。
「でもゲドー様。気が変わって結婚したくなったら、いつでも言ってね!」
エルルがにこにこしながら、また俺にしがみついてくる。
「ま、末席がもし空いていたら……。いや、本当に空きがあればでいいのだが……」
キシリーがおずおずと言う。
「……」
シーリィは無言で俺の服の裾を摘まむ。
マホは相変わらず俺の膝の上で、俺を見上げている。
こいつらうぜえ。
だがまあ、しもべとしてはいい傾向だ。
しもべたるものこの俺に従順であるべきだからな。
それにこいつらはいずれも、特徴こそ違えどそれぞれ見目麗しい。
見目麗しい女を侍らせるのは強者の特権であり、俺はそれに満足している。
俺はこのまま生きるだろう。
こいつらもしもべとしての生を、存分に全うすればよい。
この俺を大いに満足させろ。
さすれば俺もこいつらを充分に可愛がってやる。
俺はしもべには寛大だからな。




