癒着組織 VS ゲドー様
宿の1階にある食堂。
「お待たせなのです」
マホが皿に山盛りのカレーを運んできた。
ほかほかと湯気を立て、スパイスの効いた香りがいかにも食欲をそそる。
マホもテーブルに着席する。
「では食べるぞ」
「はいです」
スプーンですくって口に運ぶ。
程よく辛い。
そして美味い。
それだけではなく玉ねぎの甘みやミノ牛の重厚な旨みが絡み合い、舌を楽しませる。
もちろんニンジンやじゃがいもも柔らかく煮込まれており、口の中で溶けるようだ。
食う。
食う。
食う。
うむ。
「マホ」
「はいです」
「褒めてつかわす」
「美味しいのです?」
「まあな」
俺の言葉に、マホは嬉しそうにした。
俺は時間をかけてゆっくりとカレーを楽しんだ。
美味であった。
満足だ。
ふと窓の外を見ると、もう夕暮れだ。
そこで宿に、いかつい人相の男が入ってきた。
「えー。邪悪なる大魔法使いゲドー様ー?」
ガラの悪い声で俺を呼ぶ。
「何だ貴様。食後のひと時を邪魔しおって」
「あー、ゲドー様ですかね?」
「そうだ」
「借金の取り立てに来やした」
「何い?」
「えー、借りてから5時間たってますんで金貨600枚になりやす」
金額を聞いて、マホの目が点になっている。
「ゲドー様、金貨600枚も借りて何をしたのです?」
「細かい金額などいちいち覚えておらんわ」
「ゲドー様には金貨100枚をお借入いただきましてねえ。うち利子が1時間で10割なんですわ」
なるほど。
5時間たったから金貨500枚の利子が積み上がって、元金と合わせて600枚というわけだ。
「これが契約書ですわ」
確かに俺がサインした紙だ。
「で、返済いただきたいんですがねえ」
「くだらん。邪悪なる大魔法使いゲドー様は、借金などという凡俗には煩わされんのだ」
「つまり?」
「この俺が許可する。その借金は無効だ」
「そいつは困りますねえ」
いかつい男は拳をバキバキ鳴らした。
「困ったらどうするというのだ?」
「そりゃあもちろん、こうするんでさあ!」
ドカッバキッドゴッ!
「あんぎゃああああ!」
いかつい男は顔をボコボコにして逃げ去った。
「ふん。この俺に楯突こうとは片腹痛い」
「でもゲドー様、金貨100枚も借りてどうしたのです?」
「具材の買い出しに決まっておろうが。この俺の口に入る食材は、最高級品でなければならんのだ」
「道理で食材が、普段とは比較にならないほど美味しいと思ったのです」
マホが「む~っ」とこめかみに指を当てて苦悩している。
「でも借金の金貨600枚はどうするのです?」
「このゲドー様が無効にしてやると言っているのだ。光栄に思え」
「そうはいかないのです。でも……」
マホは腑に落ちない感じだ。
「どうした」
「利子が1時間で10割は、いくら何でもぼったくりすぎなのです」
「ほう」
「利子がめちゃくちゃすぎて何らかの法に抵触しないか不思議なのです」
法か。
「せんだろうな」
「しないのです?」
「通行人が言っていた。この町は法を守る憲兵団と金貸し屋どもが癒着して、酷い有様になっているとな」
「……」
マホは何かを考えているようだ。
「どちらにしても金貨600枚の借金はとんでもないのです」
「くだらん。俗人は金ごときに縛られて哀れだな」
マホは誰のせいなのですと言いたそうに、半眼で俺を見た。
「わかったのです。行くのです」
「そうしろ」
「ゲドー様も行くのです」
マホが俺の手を引っ張って、宿から連れ出した。
◆ ◆ ◆
憲兵団の詰所まで来た。
ここが町の治安維持を司る組織の中心だ。
建物に入って受付で相談するマホ。
「お金を借りたらとんでもない利子を吹っかけられたのです」
「そいつは大変ですなあ。ま、借りた金はきっちり利子を揃えて返してくだせえ」
「1時間で10割なのです」
「大変ですなあ。ま、庶民から巻き上げた金の一部は、俺らの懐に……おっと」
職員どもが「へっへっへ」と笑う。
「とにかく借りた金は返さにゃあいかんよ。なあお嬢ちゃん」
職員はニヤニヤしている。
なるほど。
癒着とはこういうことか。
「わかったのです。お邪魔したのです」
「へっへっへ」
建物から出る俺とマホ。
「どういうつもりだ」
「ゲドー様、お金を借りたところまで案内してほしいのです」
「よかろう」
『良心的金貸し屋トイチ』の建物まで来た。
「ここだ」
「では」
マホが俺の手を握り、魔力を流し込んでくる。
「偉大なるゲドー様ともあろうお方が、借金など気にする必要はないのです」
「うむ」
「契約書もろとも吹き飛ばせば済む話なのです」
「ふはははは! 全くもってその通りだ」
邪魔するものは死刑。
「メガトン」
ドッゴーーーン!
『良心的金貸し屋トイチ』は建物ごと爆砕した。
積み上がった瓦礫の山を見て、通行人が何事かと集まってきた。
「おおー。町の人々を苦しめていた悪徳金融に、マンマールの魔法使いが正義の鉄槌を下したぞー」
マホが棒読みで語る。
「おおっ!」
「おおおーっ、正義の味方か!」
通行人たちが喜びの声を上げる。
こいつらさぞかし搾り取られていたのだろうな。
「ゲドー様、次は」
「ククク、よかろう」
俺たちは憲兵団の建物まで舞い戻ってきた。
「おやあ、さっきの庶民じゃないか。いかんねえ、庶民は俺たち憲兵団の財布なんだよ? ちゃんと金を返さないとねえ?」
「そうか死ね」
ズドガーーーン!
憲兵団の建物は木っ端微塵になった。
「おおー。悪質な癒着で町の人々を苦しめていた憲兵団に、マンマールの魔法使いが正義の鉄槌を下したぞー」
マホがまた棒読みで語る。
「おおおー!」
「やった! やったぞー!」
「これで搾取される日々とはおさらばだーっ!」
町の住民が口々に喜びの声を上げる。
この哀れな喜びようからして、本当に町全体が苦しめられていたのだろう。
「マンマールの魔法使いゲドー様とマホばんざーい」
マホが歓声に俺たちの名前を混ぜる。
「マンマールの魔法使いゲドー様とマホばんざーい!」
「ばんざーい!」
「正義の味方ばんざーい!」
うぜえ。
正義の味方などではないわ。
「ゲドー様とマホばんざーい!」
「ばんざーい!」
「今日は町を挙げての宴だーっ!」
住民は盛り上がっていた。
「借金が帳消しになったのです」
マホはほくほく顔だ。
「ふはははは! 宴だ! 者ども続けー!」
俺は宴を率いて、大いに飲み食いした。




