パーティ連携
地下50階の通路は広かった。
そして天井も、迷宮にしては高い。
オッヒーがびくびくと周りを見回している。
「1階とはずいぶん違いますわね……。広いのは歩きやすくていいですけれど」
「広いのには理由がある」
「そうなんですの?」
俺たちは通路を進みながら会話をする。
マホの杖に灯した魔法の光が、石造りの通路を照らし出す。
「広いということはどういうことだ?」
「え? えっと、のびのびと歩けますわ」
「その通りだ。魔物にとってもな」
「へ?」
突如、ズシンと地響きがした。
通路の分かれ道から、犬が姿を現したのだ。
「なっ、何ですの!?」
オッヒーが悲鳴と共に、上を見上げる。
そう。
見上げるほどにでかい犬だった。
犬。
ただし頭は3つある。
「グルルルウ……」
低い唸り声は獰猛な獣のそれ。
「頭が3つありますわ!?」
「見ればわかる」
「魔物ですわ!」
うるせえなこいつ。
「ゲドー様、あれは」
「ケルベロスだな。マホ、結界を張れ。今すぐにだ」
「はいです」
マホが詠唱を開始すると同時に、ケルベロスの3つの頭が息を吸い込んだ。
「た、戦いますわ」
オッヒーが腰から剣を抜いた。
勇敢なのは結構だが、今飛び出すなアホが。
俺はオッヒーの首根っこを掴んで、ぐいと引き戻した。
「きゃあ!?」
俺はそのまま、オッヒーを自分のローブで包み込むように抱く。
「トラエルシーダ」
マホの結界が完成するのと同時に、ケルベロスの3つの首が炎を吐き出した。
視界が真っ赤に染まるほどの灼熱。
「ひいい……!」
オッヒーが俺の腕の中で、ぎゅっと目を閉じる。
マホは杖を突き出して、結界を維持している。
結界越しでも肌がチリチリするほどの熱量。
竜のブレスに匹敵するほどの凄まじい炎だ。
周囲の気温が上がり、汗ばむほどになる。
そして炎が収まった後には、火傷一つない俺たちの姿。
「グルルルウ……」
それを見てケルベロスは、巨大な前足でズシンと踏み込んできた。
炎が効果を上げなかったため、直接攻撃に切り替えるようだ。
俺は腕の中のオッヒーを解放する。
「無傷だな」
「た、助かりましたわ……。ゲドー様」
「礼はいらん。役に立て」
「い、言われるまでもありませんわ」
オッヒーは剣を構えて、ケルベロスと対峙する。
その巨大な魔物と比べて、オッヒーの姿はいかにも頼りない。
「マホ」
「はいです」
マホが俺の手を握り締め、魔力を送り込んでくる。
このゲドー様にとっては雑魚だが、ケルベロスは強力な魔物だ。
オッヒー一人では太刀打ちできまい。
「ふっ!」
ケルベロスが振り下ろした前足を、オッヒーは素早いステップで避ける。
そしてその前足へと剣を振り下ろす。
が、ケルベロスの剛毛は分厚く硬い。
オッヒーの剣はかすり傷を与えただけだ。
「剣が通じませんわ!」
「泣き言はいらん。お前は冒険者として強くなりたいのだろうが」
「……っ」
オッヒーは唇をぎゅっと結ぶ。
それでいい。
弱者が諦めたら、そいつはもう死ぬだけだ。
「ゲドー様。私はオッヒー様の援護をするのです」
「よかろう」
マホは俺の手を離すと、前に出る。
俺は手を突き出すと、魔法を唱えた。
「メガトン」
範囲を圧縮した爆発が、3つあるうち真ん中の頭を爆砕した。
「グルオオオ――!」
ケルベロスが悶え苦しむ。
そこにオッヒーが接近した。
「はああああ……!」
オッヒーは飛び上がると、右の頭の片目に剣を突き刺した。
そうだ。
剣が通じないなら、通じる場所に攻撃すればいい。
「グルオアア……!」
ケルベロスが暴れ回る。
左の頭が、オッヒーに食い付こうと牙を剥く。
「ルシーダ」
マホの魔法の盾が、その左の頭を押し留めた。
その隙にオッヒーは、右の頭のもう片目にも剣を突き刺した。
「グルオオオーッ!」
あまりの激痛に暴れるケルベロス。
オッヒーの奴、なかなかやるじゃないか。
「ベギ・ベギ・ジア・ベギ・ベギ・ユク・リータス」
俺はその間に詠唱する。
指先で宙に青白い印を描く。
「ぶった斬れ」
俺は手を振り下ろす。
「ベギン――」
ケルベロスの左の首が切断されて吹っ飛んだ。
「ギオオオオ……!」
右の首を見ると、オッヒーが片目に剣を突っ込んで、何度も突き刺していた。
どうやら脳を攻撃しているようだ。
「グル……ギオオ……オ……」
ケルベロスの巨体がズシンと倒れて動かなくなった。
「はあ、はあ……はあ……」
オッヒーが肩で息をしている。
血や体液で身体がべとべとだ。
「や、やりましたわ……」
「オッヒー様」
「あ、ありがとうですわ。マホ」
タオルを受け取ったオッヒーは、身体についた返り血や体液を拭っている。
「あまり華麗な戦い方ではありませんでしたわね……」
「凡人はそれでいい。思ったよりはやるじゃあないか、オッヒー」
「……ありがとうですわ」
オッヒーは照れたように顔を背けた。
「最下層だけあって、強力な魔物がうろうろしているのです」
「ふん、このゲドー様にとっては羽虫同然だ。進むぞ」
「はいです」
オッヒーは倒れたケルベロスの巨体を眺めて、次に俺たちを見た。
「私たち、結構いいパーティかもしれませんわ」
「力を合わせれば、危険な魔物も倒せるのです」
「その通りですわ」
くだらん。
あんな駄犬、俺にとっては雑魚もいいところだ。
しかしまあ、もう少しだけおままごとに付き合ってやるとしよう。
俺は寛大だからな。




