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恋に落ちると言うこと  作者: 川木
その後の話
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早く結婚したい那由他ちゃん

 那由他ちゃんと婚約をしてから、新社会人になった私は想像以上に忙しなく慌ただしくもそれなりに充実した日々を過ごした。週末しか会えなくなってしまったけど、これは仕方ないことだ。

 那由他ちゃんは中学に入ってすぐからだけど調理部にもはいって、お友達もでき学校生活を満喫してくれていて一人にしないで済んでいるのも大きい。もし寂しがられても、これ以上会うのは難しいからね。

 ……まあ、お友達の話を聞くとちょっと、嫉妬してしまう複雑な気持ちがゼロではないけどね。でも私が同学年じゃないのも、毎日一緒にいられないのも仕方ないからね。私は私で頑張るしかない。


 社会人になってから、会える日が減ったのもあるのか、まるで矢のように時間は過ぎていった。週末には手料理を振る舞ってくれたりして、健気に私をいやしてくれる那由他ちゃんのお蔭もあり、会社の方で人間関係で疲れたりもあるけどなんとかやっている。


「那由他ちゃん、高校入学、改めておめでとう。本当に、大きくなったねぇ」


 そんなこんなで、私も社会人生活三年目を迎えるにあたり、那由他ちゃんも高校生になる。社内では今度入ってくる後輩の教育係を任されることも予定していて、それなりに信頼関係や仕事の評価もいただいているつもりだ。

 そうして自分も成長しているとは思うけど、だけど那由他ちゃんを見るとまだまだだなと思ってしまう。


 初めて会った時小学生で、前髪をのばして人目をさけ俯き気味だった那由他ちゃん。今では前髪は眉より長くなることはなく、自分から委員に立候補もする積極性もあるし、普通にクラスメイトたちと交友し、親友と呼べるお友達もいて放課後に遊んだり私のことを話してすらいるのだ。

 テストはもちろん好成績を維持したまま様々な資格もとっているし、もはや完璧な優等生と言ってもいい。先生からの評価もいいに違いない。那由他ちゃんを見てると、自分の成長がちっぽけに思えて、もっと頑張らなきゃと思える。


 身長は去年頃から打ち止めになってしまったみたいだけど、顔つきや体つき、全体的に雰囲気が段々大人びていっているのがわかる。16歳を目前に、那由他ちゃんはすっかり美少女の中でも大人びたとつく、何なら美女と言ってもいいほど美しさを開花させていた。

 そんな那由他ちゃんの初めて見る高校の制服姿に思わずしみじみと、まるで親戚のように、大きくなったねぇといってしまった。


「ありがとうございます……でも、そんなに大きくなってません」


 むくれた顔になる那由他ちゃんは、まだまだ子供っぽさを残していてちょっと安心した。身長、結局大台にのっちゃったもんね。私と約25センチ差。体重だけじゃなく、体格差的にもお姫様抱っこはできなくなってしまった。早めに達成しておいてよかった。


「身長のことじゃないから。ちょっと、くるって回ってみてよ」

「こうですか?」

「うんうん。可愛い。似合ってる。わざわざ見せに来てくれてありがとうね。ねぇ、ほんとに入学式もいかなくていいの? 卒業式も行かなかったし」

「いいですよ、何だか恥ずかしいですし」


 那由他ちゃんはお友達ができた影響か、私が学校に行くのを嫌がる。小学校の時は参観日、卒業式も行かせてくれたのに。中学入学時は仕事で行けなかったけど、今なら有休もあるからその気になればどちらもいけるのに、恥ずかしいと言って断られてしまった。

 もちろん那由他ちゃんのご両親は揃って参加しているし、写真も動画もみせてもらってはいるけど。体育祭の時にご両親と一緒に参加したのも後から恥ずかしがられたし。


 どうやら学生の自分の姿を見られるのが恥ずかしいらしいけど、お友達とおしゃべりしてる姿なんて感動すらするし、見てて微笑ましく嬉しいのに。まあ、同時にちょっと嫉妬もするんだけど。

 それはそれとして、やっぱり学生の那由他ちゃんは最高だし、素晴らしい青春を送ってほしい。


 恥じらいながら一周回って見せた那由他ちゃんはとっても可愛い。小学生の時に比べてスカートが短くなった。と言っても膝上ぎりぎりくらいなのだけど、高身長の那由他ちゃんはローソファに座った状態で見るとちょっときわどく見える。うーん、もうちょい。


「……あの、見たいなら、めくりましょうか?」

「いやいや、そうじゃなくて、不意打ちで見えるのがいいんだよ」


 思わず前傾姿勢になってしまう私に那由他ちゃんがちょっとだけ裾をあげながら提案してくれるけど、そうじゃないんだよねぇ。まあもちろん、めくってもらうのもそれはそれでいいのだけど。

 中学の制服でも休みの前なんかにしてたけど、さすがにまだ学校始まってないのに汚れたり皺がついたら申し訳ないからね。今日はなしだ。


「はあ、そうですか」

「那由他ちゃん、ちょっとテンション低いね」

「それはそうですよ。だって、千鶴さん私と結婚してくれないって言うじゃないですか」

「ちょ、ちょっと。人聞き悪すぎない? 結婚はするよ。那由他ちゃんが嫌って言っても泣き落とすくらいしたいよ」


 那由他ちゃんは回るのをやめて私の隣に座りながら、思い出したかのようにむくれ顔になる。その物言いに、私の家なので他に誰もいないのに無意識に周りを見てしまう。婚約者なのにそんな、結婚しないなんていう訳ないでしょ。


「だったら、してくださいよ」

「いや、高校卒業してからでよくない? ややこしいでしょ、普通に。私の名字にするつもりならなおさらさ」


 同性婚が合法になった際にも女性の婚姻可能年齢は変更されなかったので、もう少しして那由他ちゃんが16になれば籍を入れることは可能だ。名字は選択制で別姓でもどちらの性でも自由に選べるのだけど、那由他ちゃんは私の名字が欲しいと言ってくれている。

 私の物になるようでそうしたいと可愛いことを言ってくれるので受け入れるつもりだけど、それならなおさら、高校在学中に名字かわるの気まずいでしょ。


 婚約してからも三年なのだ。那由他ちゃんとの関係はもう、別れるなんて絶対にないなって自信が持てる程度には固まっている。だからもう焦ることはない。

 せめて大学入学前にしてしまえば、区切りもいい。そう言って前回、卒業祝いの際に何気なくもうすぐ結婚できますね、と言う那由他ちゃんを説得して一度は納得したのに。

 どうも中三の時からあと一年で結婚と思っていたらしく、それから一週間ぶりの今日も不機嫌が続いているようだ。


「……ずっと楽しみにしてたんですもん」

「あのね、それに結婚って言っても、そんなしよって言ってすぐできないからね? 今言って那由他ちゃんの誕生日にすぐって、そんなの無理だから」

「え? そうなんですか?」

「式なんて、式場の予約とか用意とか、何か月前からすると思ってるの。参加してくれる人の都合もあるし、最低でも半年前くらいから準備しなきゃ」


 那由他ちゃんはきょとんと不思議そうに小首をかしげているので、そっと髪を撫でながら苦笑する。

 そう言うところ、那由他ちゃんはまだまだ子供だよね。こっちはちゃんとそのあたりの流れもすでに予習済みだって言うのに。夢見がちに結婚したーいとおねだりしてくれる感じも可愛いけど、さすがに引っ張られると困る。


「あ、あー……あんまり、式のことは考えてませんでした。その、それは夏休みくらいでもいいかなって」

「那由他ちゃんには時間があっても、私は夏休みでもいっぱい時間あるわけじゃないし、夏休みだとして今からだと時間足りないって」

「えー、そうなんですね。うーん。そう言うことなら、せめて籍だけでもって思いますけど、うーん」

「籍だけって、それこそあんまり意味ないでしょ? うちに住むわけでもないんだし」


 結婚したら当然一緒に住みたい。だけどまだ高校生なのだからそういう訳にもいかないだろう。ご両親だってまだ那由他ちゃんと一緒に住みたいと思ってるだろうし、仮に籍を許してくれても通い婚になるし、今と変わらない。

 式もしないし今と何も生活が変わらないなら、それこそ急ぐ意味はない。むしろちゃんと籍、式、同居を一斉に始められるほうがインパクトのあるイベントになって思い出にもなるしいいと思うのだけど。


「う、まあ、確かに、まだそう言う訳にはいかないですけど……うー、でも籍だけでもほしいです。千鶴さんを名実ともに私のものにしたいです」


 ……那由他ちゃんの気持ちも、わかるけどね。絶対別れない強固な絆を築けていると思ってはいるけど、それでも法的に間違いない関係ってなると、安心感と言うか、独占欲と言うか、まぁあるよ。なんならこんな美少女の那由他ちゃんが嫁で現役女子高生とか、優越感すらあるよね。

 ちょっとしょんぼりした風に肩を落とす那由他ちゃんが可愛くて、私はそっと抱きしめる。


「那由他ちゃん、気持ちはわかるよ。私も、できるなら今すぐ結婚して、世界中に那由他ちゃんが私だけの人なんだって言いふらしたいよ」

「……はい。言いふらしたい、です」

「うん。でも、どうせなら盛大に、理想いっぱいつめこんだ結婚式で、友達いっぱい呼んで見せびらかしたくない? いまからなら、三年間、いっぱい時間があるからね。とびきり素敵な式にだってできるよ。どう?」

「……ずるいです。そんな風に言われたら、早く、なんて、言えなくなっちゃいます」


 抱き締める力を緩め、目を合わせて微笑みながらそう持ちかけると、那由他ちゃんはちょっと拗ねたみたいな口調で、だけど仕方ないなとでも言うみたいに眉尻を下げて微笑み返してくれた。


「そのつもりで言ってるからね。それに、呼ぶ友達だってこれからまた増やせるでしょ? 那由他ちゃんの呼ぶ人数が少ないと、私だけたくさん呼ぶわけには行かないからね。私の招待客が相応になるくらい、たくさん、三年間で友達つくってね」

「う……あ、……か、会社の付き合いとかはずるいからなしにしてください。友達は、頑張りますけど」


 那由他ちゃんははっとしたように俯くと、もじもじしながらそんな風に言う。まあ学校の付き合いプラス会社の付き合いだと人数増えすぎてしまうからね。


「大丈夫。親しくない人に世界一可愛い那由他ちゃんを見せたくないし、付き合いで上司とか仲良くない人を呼んだりはしないから安心して」

「はい……あの、それでも、かなりの人数になりますよね?」

「そこまでじゃないと思うけど。あんまり大規模でも大変だし。親族でお互い合わせて30人くらいかな? だったらまあ、それぞれ30人ずつくらいなら100人以下だし規模としてはまだ管理しやすいかな? どう?」

「30人も友達を? え、えぇ……千鶴さん、ほんとにコミュ力おかしいですよ」

「えぇ……」


 軽い気持ちで簡単に計算しておおざっぱに提案してみたのだけど、那由他ちゃんは否定するでもなくただドン引きしていた。


 これでも社会人になってから付き合い激減したし、連絡とってる友達のなかでも結婚式にきてくれそうなタイプだけ選んで、仕事や家庭の都合とかもあるし、海外や遠方に行ってる人もいるから除外したらまあまあ無難にそのくらいかなって思ったんだけど。

 なのにおののいてる那由他ちゃんがおかしい。おかしい、よね? あれ、もしかして私がおかしいのかな? 100人規模はイベントとしては小規模だと思うんだけど。一応、金額も無理せずに出せる範囲だし。最近は少人数のが増えてるとは聞いてるけど、うーん。でも考えたら絶対呼ばなきゃ文句言いそうなのとか、絶対来てほしいなって人だけなら、まあ、10人くらいか。

 まあ、費用的にもだけど、人数少ない方が楽でもあるんだよね。選べる選択肢も増えるは増えるし、那由他ちゃんがここまで言うなら、減らすか。


「うーん、じゃあ、10人ならどう?」

「あ、ちょっと現実的になったような、うーん、でも。10人もそんな」

「いやあのね、いま来てくれそうな友達何人いるか数えてみなよ」

「えっと……調理部の後輩とかもあわせたら、多分、ご、5人くらいは……? 一応、仲良くしてる方だと思いますし、逆に誘われたら私も出席する関係だと思うので、多分、断られないと思います」

「ほらほら! 入学時は友達0人だったのにもう5人もいるんだから。高校はもっと人数増えるし、選択授業や合同授業で知り合う機会も増えるし、大丈夫。みんな学生だから出席率高いと思うし」


 少なくとも遠方で出席不可って人はあんまりいないでしょ。先輩で遠くの大学ってなったとしても、春休みなら戻ってきてくれる可能性高いし。そうそう休みのとれない社会人の私よりは断然簡単だから。10人はさすがに諦めないで。私もそのくらいはさすがに呼びたいから。

 ちょっとマジに励ますと、那由他ちゃんもさすがにこれ以上の妥協は無理だとわかったらしく、頬をひきつらせつつも頷いた。


「う……わ、わかりました。頑張ります」

「うん、頑張って。まあそんな、力まないでいいからさ。那由他ちゃんもずいぶん積極的になったし、三年もあるんだから自然に友達くらいできるって。それより楽しいこと考えない? ドレスとか、どんなのがいいかとか、式場の雰囲気とか」

「むー……そう、ですね。まだ時間はありますもんね。ドレスってどんなのがあるんでしょう」


 目標もたてたし、もう結婚するのが三年後なのは確定になっているので話題を変えることにする。気楽に声掛けした私に一瞬不満そうにジト目になった那由他ちゃんだけど、気を取り直してくれたようでそう尋ねてきた。

 なので前に買った結婚情報誌を引っ張り出して那由他ちゃんと見て、三年後に向けてモチベーションをあげていくことにした。


 那由他ちゃんも無事ご機嫌をなおしてくれたしよかったよかった。それにしても、那由他ちゃんの制服姿もあと三年かぁ。そう思うと、早く三年たって結婚したいけど、あんまり早いのももったいないよね。

 とりあえず、入学してから週末に泊まりに来るとき、制服着てきてもらおう。そう思いながら、私は那由他ちゃんの成長をゆっくり見守っていこうと心に誓った。


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