理性の終わり
那由他ちゃんと婚約者になり、二週間。最初の数日は私たちはひたすら浮ついて、舞い上がり、いちゃいちゃしていた。もはや勉強なんて口実ですらなくて、ノートを広げる事すらしなかった。
だけど一週間で、さすがにそろそろ、ちょっとくらい真面目にしようか。と言う空気になり、二週間たった今では少し落ち着いている。
と言うか、落ち着かないと二週間の約束を守れなさそうだと思ったので適切な距離をとりなおしたのだ。そしてようやく迎えた旅行の日。
婚約以前から予定していたこともあって、スムーズに私たちは出発した。さすがにね、察しはされるだろうけどあからさまにこれから婚前旅行です感だすと気まずいからね。そこまではよかった。
「……」
去年のデートとは違って、今回は明確な目的意識があるのだ。行き先は去年と同じだ。まだ楽しめなかったアトラクションもあるし、行きたいお店ももっとあったから、去年の時点でまた行きたいねって話していた。
そうして旅行の具体的な日程とかの計画を立てた時点ではまだ、そんな気はなくて純粋に楽しもうと思っていた。だけど今、肝心の遊園地を楽しめるか、ちょっと自信がなくなっている。
端的に言って、夜を意識しすぎていた。出発して、那由他ちゃんが「今日、なんですよね……」と言って私が「うん」と答えてから、ずっと無言である。気まずい、なんてものじゃない。
いや、もうインターも降りたし。普通にもうすぐ到着なのに。ずっと無言じゃん。一回のトイレ休憩も必要事項しか話してないし。これはまずいでしょ。
「那由他ちゃん、もうすぐつくよ」
「あ、は、はいっ」
「那由他ちゃん、私もだけど、一旦、夜のことは忘れない? その、昼は昼でさ、遊園地デート一年ぶりだし、それはそれとして楽しみたいじゃん?」
なので思い切って、駐車場に入りながらも何気なさを装ってそう提案する。提案って言うか、当たり前のことなのだけど、口にして気持ち切り替えたいよね。
停車位置を決めてバック駐車しながらちらっと那由他ちゃんを見ると目があう。那由他ちゃんはパッと顔ごとそらして、指先を膝の上でもじもじさせながら頷く。
「……そ、そう、ですよね。私も、わかってはいます。その、つい、緊張しちゃって。はい。だ、大丈夫です。普通に楽しめるよう、頑張ります」
「頑張って。私も頑張る」
パーキングにいれてサイドブレーキをかけて、私はそう笑いかけながら自分に気合をいれる。
意識しすぎな那由他ちゃん可愛すぎるけど、色んなことは夜までお預け! それまでは清らかにいくぞ!
と、そんな感じでデートが始まった。中に入って荷物を預けるくらいまではまだ固かったけど、手を繋ぎながら園内マップを二人で持って覗き込み、予定を確認して出発して歩いていると、やっぱり段々気持ちは遊園地にとらわれていく。
独特の楽しいふわふわした空気が、私たちをメルヘンなテンションにしてくれた。
遊園地にしておいてよかった。これが温泉地めぐりなんかだと、絶対夜までもたないもんね!
那由他ちゃんも大好きなジェットコースターはもちろん外せないけど、前回はまんべんなくだったのが、今回は前回お気に入りだったのを周回し、合間のアトラクションは前回できなかったのを優先。
那由他ちゃんがまだ全体のなんとなくの位置関係を覚えたのもあり、前よりスムーズに選んでいく。
お昼は一緒にピザを頼んだ。大きくてシェアしてちょうどいいくらいでアツアツで美味しかった。
それからアトラクションの合間に軽食もとったりした。開放感もあって那由他ちゃんと手を繋いだまま、久しぶりの遊園地に一日中はしゃいでしまった。
「じゃあそろそろ、パレードの場所とりにいこうか」
「ん……あの、今日はパレード、見なくてもいいかなって思うんですけど」
そろそろ夕方。最後の〆のパレードの為に、そろそろ場所をとろうと思ったのだが、何やら那由他ちゃんは立ち止まって私の手を引きうつむき気味にそう言った。
「え? どうしたの? 疲れちゃった?」
「いえ、その……パレードを見て、それから晩御飯とかお風呂だと、結構遅くなりますし……今日は、いいかなって」
那由他ちゃんは私とつないでいる手に力をこめて、頬を赤くして私を見た。どきっと心臓がうるさくなる。
そうだった。すっかり遊園地に染まっていたけど、今日のメインイベントは那由他ちゃんだった。
「あ、ああ……うん、そう、だね。いいよね」
手を握り返して、私たちはパレードが始まる前にホテルに戻った。
去年は晩御飯も和気あいあいと過ごしたわけだけど、この後のことを意識してしまって言葉少なになってしまった。それはそれとして料理はおいしかった。
「あー、お風呂だけど、私部屋の使うから、那由他ちゃん一人で露天行ってきなよ」
さすがにこの状態で那由他ちゃんと入浴して平静を装える自信はない。前も微妙だったけど、手は絶対出せないからって開き直りもあったからね。今回は不審者になる。断言できる。
なので湯船のスイッチをいれてから着替えの準備をしている那由他ちゃんにそう促した。
「え、そ……その、それは公平じゃないので、その、へ、部屋ので、一緒に、入りますか?」
「……」
着替えを胸に抱いた状態で提案する那由他ちゃんに、思わず唾を飲み込んでまじまじとその体を見てしまった。まだ普通に服を着ているのに、中を想像してしまう。
「ぬ、濡れたままだと風邪ひいちゃうし、上がってからがいいと思うんだよ、うん」
って、この言い方だと一緒に二人きりでお風呂だともうベッドまで我慢できないと言ってるみたいなものだ。いやその通りなんだけど。
カーッと体温が上がってしまう私に、那由他ちゃんももじもじしてしまう。
「そ、そう、ですね。じゃあ、えっと、さ、先にどうぞ」
「う、うーん。うん。じゃあ、お先に」
どうぞどうぞ、と言いたかったけど、那由他ちゃんを先に入れて湯冷めしてもあれだし、この湯船に那由他ちゃんが……とかも考えたくないのでお言葉に甘えることにした。那由他ちゃんは純粋だからそう言うことは考えないだろうし。
と言う訳で先にお風呂をいただく。昨日の時点で身ぎれいにはしておいたのだ。なので普通に入って、普通に綺麗にしておくだけでいい。だけどどうにも、緊張してしまう。
晩御飯、気まずいながらも普通に食べてしまったけど、ちょっと胃のところ膨れてるな。いつもあんまり食べてすぐに入らないのに、今日は戻ってきてメチャクチャすぐだしなぁ。まあ、このあと那由他ちゃんもお風呂入るんだから、これは大丈夫か。
ていうか、那由他ちゃんの裸ばっかり気にしてたけど、私も見せるんだよね。今更恥ずかしくなってきた。いや、それどころじゃないもっと恥ずかしいことするんだけども。
なんてちょっと悶々としつつも何とか入浴をすませた。
「お、お先ー」
「あ、は、あれ? ゆ、浴衣きるんですね?」
「え? ……いや、着るでしょ。これから那由他ちゃんお風呂入るんだし」
もしかして那由他ちゃん、何か悪いもので予習してた感じ? お風呂あがった瞬間から裸だったらおかしいでしょ。いったん服着るでしょ、そりゃ。
「そ、そうですよね。すみません。す、すぐ入りますから」
「ああ、いやいや。ゆっくりね、してもらって大丈夫だから。ちゃんと待ってるからね」
「……はい。いってきます」
那由他ちゃんは何やら決意を固めたような顔でお風呂に向かった。
「……」
うーん。落ち着かない。なんだこれ。落ち着け私。がっついてはいけない。こう、冷静に、ゆっくり優しくいかないと。こう、無理なことはなしで。
はぁ。緊張するし、心臓がえげつないくらいドキドキしている。なんかもう、血が上って死にそう。
いったんベッドに座って寝転がり、大きく深呼吸する。
「ふー、はー。……」
よし。なんとか。落ち着いてきた。
そのままなんとか深呼吸で気持ちを落ち着かせていると、いつのまにか時間が経過していたようで、ガチャ、とドアが開いた。
「お、お待たせしました」
「!? お、お、ふ、服着て!」
「え? ど、わ、わかりました」
まさかのバスタオル巻いただけで出てきたので思わず怒鳴るように言ってしまった。
いやだって、は、半裸だったじゃん。いやこれから脱いでいこうかって話なんだけどさぁ。でも、最初からそれはちょっとハードル高いでしょ。
ていうか、バスタオルぎりぎりすぎだったよね。胸元はもちろん、太ももも、届いてた? 一瞬過ぎて、あー、何か勿体ないことしてしまったような。いや、あれだと勢いで動いちゃいそうだったし、うん。よかったんだ。
ベッドに腰かけた状態で待つことしばし。すぐに那由他ちゃんが出てきた。
「えっと、改めて、お待たせしました」
「う、うん。ごめん、怒鳴っちゃって」
「い、いえ……その、自分でもちょっと恥ずかしかったですし」
「と、とりあえず、隣、きて?」
「は、はいっ」
私と同じように館内着の浴衣を着た那由他ちゃんが、そろそろと私の隣に座る。スプリングがきいているのでちょっと揺れた。
「えっと……なんか、ちょっと、早いけど、さ。その、しよっか」
「は、はい」
時間を言うならまだ夜として早すぎるくらいだけど、これ以上はもう、間も持たないし、何より気持ちも持たない。
もう、我慢しなくていいんだ。
私は興奮で体が震えるのを感じながら、何とか短く呼吸を繰り返して声を整える。那由他ちゃんを向いて立ち上がり、そっとその肩にふれて、ベッドに右膝を乗せて少しだけのりかかり、腰をまげて那由他ちゃんに顔をよせる。
那由他ちゃんは真っ赤な顔で、だけど戸惑いも恐怖もなくて、ただ期待だけでその瞳は揺れていた。
両肩をつかんで鼻先が触れるまで距離をつめると自然に胸があたり、体重が少しかかってしまうけど那由他ちゃんはびくともせず微笑んでくれる。
「那由他ちゃん、大好きだよ」
「……はい、私も、大好きです」
二人同時に目を閉じ、唇をあわせる。温かい。キスはもう何度もしたけど、そんなのは何の理由にもならない。これから始まる行為に、痛い位心臓が動いている。那由他ちゃんの心臓も同じなのが伝わってくる。
そのまま那由他ちゃんの肩を押してベッドに寝させて、もう一度キスをする。今度は深く唇をはみあい、舌をあわせる。
びりびりとしびれそうなほどの快感が私の脳みそを刺激して、鼻息が荒くなる。だけどそのはしたない興奮状態に二人ともなっていて、それが、許されるのだと思うともうどうしようもなかった。私はそのまま那由他ちゃんの胸に触れた。
「んっ」
那由他ちゃんは下着を着けていなかった。当たり前のように存在する非日常に、私の理性はそこで焼き切れた。




