新たな目標
小学生の那由他ちゃんを愛してしまった私は、開き直っていくことにした。したけど、那由他ちゃんのまぶしい笑顔を思い出す度に、那由他ちゃんは小学生なんだ。と言う言葉が同時に浮かんでしまう。
もちろんそれを忘れてはならないし、意識的にもそうすべきなんだけども、今までは那由他ちゃんを思うだけで幸せな気持ちだったのに。誰が悪いとかではなく、現実が悪い。早く追いついてこい。と言うか、昨日分かったばかりなので、まだ私の気持ちも追いつけてないのだけど。
悪い大人になるとはいえ、基本私、マジで善良に生きてきたもんな。昨日も小学生の顔面にキスしまくってしまった。挨拶のちゅーってことにしてるけど、普通にそんなレベルではなく可愛がってるし。
やってる時は目の前の那由他ちゃんに夢中になってしまうけど、離れるとやっぱり悪いことしてるなーって思うよね。だって小学生だもんね。うーん。
「あんた、なにぼーっとしてんの?」
「えー、別に……」
昼食を奢ってもらっている間も、ついつい那由他ちゃんのことを考えてしまったので、聡子から訝し気な目を向けられてしまった。誤魔化してから、ふと気が付く。もしかしてこいつ、那由他ちゃんの正体に気付いてないだろうな?
「……ところで聡子、あんた、那由他ちゃんいくつだと思う?」
「は? いくつって……あんたはいくつだと思ってんのよ」
探るような問い返し。怪訝な顔。これは気付いてる感あるな。と思いつつ、私も遠回しな返事をする。
「……実は、昨日年齢知ったんだよね。私、考えたら学年も聞いてなかったからさ」
「あー、そう。で、ロリコンなことを自覚した真正ロリコンはどう思ってる訳?」
「だ、黙れ。てか、やっぱわかってたわけ?」
呆れたように肘をついて半目になった聡子はそんなひどいことを言った。誰が真正だ。私はただ那由他ちゃんが好きなだけで、出会った年齢がたまたま小学生だっただけだ!
「そりゃそうでしょ。てか学年聞いたら一発だし、そもそも制服ちゃんと見た? デザインも校章も高校とは違うでしょうが」
「う、うるさいなぁ。どうせ節穴ですよ」
最初からじゃん。言われてみれば那由他ちゃんと会わせた最初、やたら那由他ちゃん大きな声出してたな。あれ、バレているのがわかったから誤魔化したのか。それでのったってこと? くそ! 私の目の前で通じ合ってるんじゃないよ!
「で、どうすんの、別れんの?」
「……そうすべきかもしんないけど、それは無理、責任取って結婚するし」
「は? 責任って、あんた、もう手ぇだしてたの? 引くわ」
「だ、だして、ないし。ちょっと、キスとかしてたけど」
それで出してるって言われたら出してるけど。でも、セーフでしょ。まあ付き合った責任を取るつもりなので、全然キスの責任も上乗せされてもいいけど。さすがにね。節操なく高校生でも未成年と思ってた子にいくとこまで手を出してると思われるのは心外だ。
「はーん? まあ本人嫌がってないならいいけど。さすがに高学年なのよね?」
「さすがにあの発育で中学年はないでしょ。六年生」
「来年中学かー。刑法では13歳だけど、条例では18歳なんだから、ちゃんと守りなさいよ」
「え? 刑法で13って、あー、同意年齢のことね。わかってるし。そんなの盾にしようと思ってないからわざわざ言わなくていいです」
そう言えば普段意識しないけど、一応刑法上では性行為に同意するだけの自意識があるとみなされる性的同意年齢は13なんだっけ? だとしても、本人が合意したら合法ってわけでもない。条例で禁じられている内容は、本人同士が真面目な付き合いだと思っても、訴えられたらまず婚約でもしてない限り、真摯な付き合いだと証明できないから無理ってやつでしょ。確か親告罪でもなかったはず。
と言うか、いちいちそう言うこと言うかな、普通。思い出さなかったら18まで待つしかないって思えたのに、13で同意年齢クリアだし、言うて条例もばれなければ……って思考になったらどう責任とってくれるんだ。
てか、バレなければどころか、婚約は年齢制限ないし、13歳超えて婚約すればセーフか。ってことにすでに気付いてしまったし。いや、そう言う問題じゃない。法律とかじゃなく、心の問題だから。
「そ? ならいいけど、さすがに友達が犯罪者になるのは嫌だから」
「ならないから。あ」
「え、なに?」
「いや……昨日、小学生の前で鉄パイプ折ってそのまま鉄パイプ放置しちゃったなって。通報多分されてないと思うけど、まず鉄パイプ転がってるの見られるのも、あんまりよくないよね」
「あんた何やってんの!? すぐ回収してきなさい!」
行きに回収しようと思っていたのに忘れていた。聡子に怒鳴られるまま、さすがにこれは私が悪いので慌てて回収に行った。幸い誰も来ていないようで、そのまま転がっていた。無事回収できたのはよかったけど、もう持って帰るなと禁じられてしまった。
まあ、調べたらなんか加工してて、大量に買ってるのはこの大学でってすぐわかるだろうし、もし拾われてそれで暴力沙汰にとかってなったら、直接関与してなくても管理責任とかあるし、怒るのもわかる。さすがに反省した。回収さえしていれば、何かあっても私個人が悪いことになるけど、放置したのは駄目だよね。
仕方ないので那由他ちゃんには当日に楽しんでもらうのと、全部奢りの話がデザートだけに格下げされてしまった。ちょっとそれは話が別な気もするけど、怒られるので言えない私だった。
○
「と言う訳で、本番までお預けになったの。ごめんね」
「そうなんですね。その、私の為にすみません。私は全然気にしませんから」
「ありがとー。でも謝ることはないけどね、放置したのは私だし」
「いえ。それだけ、私のことを考えてくれていたってことですから。えへへ。嬉しいです」
「うーん、可愛い」
夕方、自室で合流して説明したところ、那由他ちゃんの可愛さがとどまるところを知らない。と、空気も和んできたところで大事な話をしなければ。
「那由他ちゃん、お勉強なんだけどね」
「あ、はい。今日は元々勉強会の予定ですからね。ちゃんと持ってきましたよ」
恋人になってからは勉強会予定以外の日もできるだけ会うようになっていた。なので昨日とかも最初から勉強のことなんて考えてなかったので、すっかり新たな小学生那由他ちゃんの話に夢中になっていたけど、これは重要な話だ。
「いや、あのね、那由他ちゃん。勉強する必要、ある? 小学生の那由他ちゃんが、駆け足にこれから中学二年生の勉強しても、それこそ肝心のテスト範囲と違うわけだし」
「え……そ、それはそう、なんですが。でも、私、千鶴さんとお勉強するの、好きですし……」
「うん、それは私もそうなんだけどね。今までと同じペースで同じ範囲する必要はないでしょってこと。それこそ、小学校の範囲をして、あとは英検とか、資格系の勉強してもいいし。私も大した資格なくて最近那由他ちゃんとの勉強時間にやってるところだし、一緒にやろうよ」
「うーん、そう言うことなら。はい。じゃあ、お願いします」
那由他ちゃんは一度たてた予定で順調に進んでいたからかそれをやめると言うのにいい顔はしなかったけど、新しい目標を提示してお誘いすると気持ちを切り替えてくれたようで微笑んで了承してくれた。
さっそく目標をたてていく。まずは漢検と英検でいいでしょ。二つ同時なのは飽きた時にもう片方をするためだ。一つだとなかなか集中力が続かない時もあるからね。
那由他ちゃんがとっても賢いことはわかったけど、漢検はまた別だ。これ学校の授業でならったけどテストではそんなでない、みたいなのもあるからね。無難に絶対わかるところから順にしていくのがいいでしょ。
具体的な指標をたてて、私がすでに用意している漢検のテキストを軽く見てもらう。
「こう言う感じなんですか。やっぱり難しい漢字が多いですね」
「まあそれは2級だからね」
「そう言えば、1級の上って何ですか?」
「いや、ないけど」
「あ、そうなんですね。特級、とかって続くのかと。じゃあ、千鶴さんが受ける二級はすごく上なんですね」
「全体で見るとね。まあ、ぶっちゃけ漢検は受験以外で役に立つのかと言うと疑問だけど、逆に那由他ちゃんの役には立つと思うし」
履歴書に書いたところでって感じの資格だけど、元々漢字系は強いので他の勉強の合間の気晴らしにしている。那由他ちゃんに勉強を教える合間、時間があるので割とがっつり考える系の資格勉強もしてはいるので、あんまり考えなくていい漢字検定は癒しだよね。
「そうなんですね。……あの、千鶴さん」
「ん? なに?」
「その、そう言うのって、こう、試験とかあるんですよね?」
「そうだよ。余裕そうなら自主勉して、上のほうから受けてもいいけど。受験料もかかるしね。だからおじさんにも相談してもらうけど、大した金額でもないし断られないでしょ」
なんだかもじもじしながら聞かれたけど、こういうことが聞きたいんじゃなさそう。もしかして試験そのものに緊張してるのかな? 学校のテスト以外で試験って普段ないもんね。
励ましてあげなきゃ。と思って優しく微笑んで那由他ちゃんの手を取りながら答えると、那由他ちゃんはほう、と熱い吐息を吐きながらぎゅっと私の手を強く握り返す。
「あの、その、う、受かったら、ご褒美とか、いただけたりする感じですか?」
「ん、んんん……まぁ、そう言うのって、モチベーションに必要だよね。はい。……検討します」
そっちかー……うん、まあ、ありだけど。ありだけどね。那由他ちゃん段々積極的になってない? これは危ない。ちょっとけん制しておこう。
「それって逆に、私が合格した時も那由他ちゃんがご褒美くれるのかな? 楽しみだな」
「あ、あ……は、はい、私に、できることなら」
「……」
あ、あぶない。那由他ちゃんが可愛すぎて、普通に喜びそうになってしまった。こんなの漢字検定受けられないじゃん。ていうか何をしてくれる気? 真っ赤だよね。可愛すぎる。
「ごほん。じゃあ、合格目指してお互い頑張ろうか」
手を離して那由他ちゃんから机に体の向きごと直そうとして、だけど那由他ちゃんがまだ握っているので離れない。首をかしげて催促すると、那由他ちゃんがにっこり微笑んだ。
「あの……今日の分、先に、大好きのちゅー、いいですか?」
「あ、う……うん。しよっか」
今日も流されてしまった。




