92『発覚』
翌朝、ゲルの外に出たラドヤードは回復した天気に目を細めた。
そして昨夜主人の眼前を汚した愚か者のいる馬車の方を見ると、御者はもう動き始めていた。
「まだ足元は濡れているな。
……出発を遅らせるか、いっそのことここでもう一泊するべきか。
採取せずに街道を行くなら問題ないが、森の中を行くなら……
主人様次第と言うことか」
「私がどうしたの?」
今しがたまで誰もいなかったはずの背後に、まだ【隠れ家】で寝んでいたはずの主人がいて、ラドヤードはびっくりする。と同時にまったく気配を感じられなかった事にショックを受けた。
そんなラドヤードを見透かしたようにジェラルディンが笑う。
「直前まで影空間に居たのよ。
気づかなくてもしょうがないわよ」
「あ、主人様、おはようございます」
「ラド、おはよう。
何を見ていたのかしら」
「昨夜の煩い連中ですよ。
……どうやらこの夜はしのいだようですね」
馬車の中から母親の手を借りて降りてきた女の子はフラフラしながらも自分の力で歩いている。
そして母親が一言二言声をかけて、馬車の向こうに姿を消した。
しばらくして戻ってきた親子は新たに熾した焚き火にあたって暖をとっている。
そんな2人をジッと見つめていたジェラルディンが溜息を一つ吐いた。
「ラド、困った事になったわ。
お節介はしたくないのだけれど、これは捨て置くわけにはいかないわね。
……あの御者を呼んできてちょうだい」
その大柄で厳つい護衛が近づいてきたとき、御者の男は悪い予感がした。
「朝の忙しい時間に申し訳ない。
主人があなたに話があると仰っているのだ。一緒にきて欲しい」
見るからに特権階級に位置する令嬢の呼び出しに逆らう事は出来ない。
ひょっとして昨夜の無礼を追及されるのかもしれないと、肝を冷やす。
ゲルの前では、もう身支度を調えたジェラルディンが、近づいてくる御者をじっと見つめていた。
「朝早くからごめんなさいね。
どうぞ、中に入ってちょうだい」
御者はこの女主人の様子を探るように見た。特別機嫌が悪そうには見えないが、良さそうにも見えない。
それでもゲルに迎え入れてくれて、椅子を勧められ、温かい紅茶も出してくれた。
「朝食は召し上がった?
何か軽いものでも出しましょうか?」
「いえ、お気持ちだけいただいておきます。
それよりも昨夜は無礼を働いて申し訳ございませんでした」
夜が明けて頭が冷えた御者はひたすら頭を下げた。
今目の前にいる少女はおそらく貴族。
本来、機嫌を損ねれば殺される事もある危険な存在だ。
「それはもうよろしいのよ?
今日はもっと大事なお話があって来ていただいたの。
まあ、まずは喉でも潤してちょうだい」
勧められた通りに紅茶を一口、口に含む。
「率直に言わせていただくわ。
あなたも気づいているでしょうけど、私は貴族です。
それで先ほど、何となく【鑑定】してみたの。
そうしたら昨夜の親子連れ……特に子供の方が重症なんですけど、あれは【テュバキュローシス(死病)】ですわね」
御者は総毛立った。
震える手は机を掴んでいたが、立ち上がることも出来ない。
紅茶で潤っていた口内はあっという間に乾き、歯の根が合わない。
「大丈夫、あなたは感染っていないわ。でもね」




