305『特権』
オリヴェルたちにとって、それはあっという間の事だった。
抱き合わんばかりの近い距離で向き合っていたところ、いきなりアルバートが短剣に手をかけ、抜こうとした。
瞬時に反応したジェラルディンが魔法を操り、次の瞬間にはアルバートの背から棘が生えていた。
そして今、ジェラルディンは骸となった元婚約者を、血で汚れるのも気にせずに抱きしめていた。
「主人様」
ラドヤードが片膝をつき主人の華奢な肩に手をかける。
彼女がこれ以上血で汚れるのを見ていられなかったのだが、ジェラルディンは静かにかぶりを振り、かわりに小声で何事か話していた。
「皆様、主人がお話があると言われています」
いつも明るいラドヤードの顔が強張っている。
その大きな身体の影に隠れているジェラルディンの表情も同じで、これからの成り行き次第ではどこまでも非情にならねばならないのだ。
「まず、このような形でお話をする事になり、謝罪いたします。
そして私がこれからする提案は理不尽に感じるかもしれませんが、私は一歩も引く気はありません」
あたりにラドヤードの威圧とタリアの殺気が広がっていく。
「まずは、大陸法ではいかなる罪でも貴族の犯した犯罪を平民が告発する事ができない。
これはご存知ですね?」
オリヴェルとリカルドはもちろん、騎士団の隊長も頷いた。
「これは私個人ではなく、我が国としての願望である訳なのですが、今回の件で彼を裁くのを遠慮して頂けないかと思っております」
その意味がわからないのか、オリヴェルとリカルドは困惑している。
平民である隊長は唇を噛みしめていた。
「リカルド、何もかも金子で解決するのかと軽蔑するかもしれませんが、今回の件は我が影の国と子爵家との話し合いで納めていただけないでしょうか?」
「え……っと、ジェラルディン様?
僕にはよくわからないのですけど」
返事次第ではその命を奪う事になるかもしれない、そんなリカルドの顔を見て胸が痛んだ。
願わくば、素直に受けて欲しい。
それはオリヴェルも同様だった。
「まずは隊長さん、あなたはどう?」
「私は主人であるオリヴェル様の命に従います」
「オリヴェルはどう?」
「どうも何もジェラルディン様、もう少し情報をいただけない事には、私には判断できません」
「詳細を知った時点で後戻り出来なくなりますよ。
それでもよくて?」
ジェラルディンの迫力に、背筋が寒くなった。




