289『冬の始まり』
「同級の男爵令嬢が登校していない?
一体いつからですの?」
「お恥ずかしながら、皆把握しておりません。
申し訳ございません」
オリヴェルは跪いて頭を下げた。
しかしジェラルディンはそんな事を望んでいない。
「えっと、あの方、お名前は何て仰ったかしら……?」
家の爵位は低く、本人も影が薄い令嬢だ。
まったく交流のないジェラルディンたちだけでなく、ルルードの派閥にも入っていなかったようだ。
「私、とても嫌な予感がするのだけれど……すぐに調査をお願いして良いかしら」
「はい、すぐに手のものを向かわせます」
「オリヴェル、この調査は危険が伴います。
くれぐれも感染しないよう、気をつけて下さい」
ジェラルディンは暗に直接家の使用人を使うのではなく、間に雇い人を挟むように言っている。
オリヴェルはしかと頷いた。
彼女の担当していた孤児院は中産階級の居住地に近い下町にあった。
そこはその辺りを教区とする教会に隣接していて、ジェラルディンにとっては以前に目にした事のある原因……孤児院にいる孤児たちによる墓泥棒から感染が広がったようだ。
結論から言うとペストは教会を含めた孤児たちの間に広がり、たまたま出入りしていた男爵令嬢に感染して、彼女の家人も病に侵されていた。
そして末端だが貴族にまで病が広がったことに驚愕した皇王をはじめ宰相たちが迅速に動いて、すべてを焼却処分としたのだ。
これにて、今回のペスト感染騒動は一応の決着を迎えたことになった。
だが、これからも監視を怠る事がないよう決裁された。
王都がようやく落ち着いた頃、やってきたのは冬将軍……冬籠りの季節だ。
冬の間、学院は基本的に休みとなるが、ジェラルディンは直前まで忙しさに忙殺されていたので、休暇に入った最初の時期はまだ学院に通っていた。
邸の冬支度は一切をバートリとタリアに任され、影の国の邸から呼んだ侍女たちの力も借りて、どうにか形を調えたのだ。
そして雪が降りはじめ、人々は家から出なくなる。
「オリヴェル、この国の冬は私の祖国よりもずいぶんと雪深く、冷え込むようですね」
もうすでに腰の高さほど積もった雪を掻き分け、オリヴェルが訪問していた。
彼はここ数日、家よりもジェラルディンの邸の方に多く居るようだ。
「そうですね。
今はまだこの程度ですが、次に大雪が降れば平屋の家など埋まってしまいます。
こちらのお邸にもありますでしょうが、一階が埋まって出入り出来なくなった時のために2階に出入り口があるでしょう?」
なんと、眼から鱗である。
実はバートリなどは、この変わった設計に宗教的なものでもあるのかと、真剣に考えていたのだ。
「そういう意図があったのですね」
朝から止んでいた雪が、また降りはじめた。




