287『新たな流行』
王都でのスラム殲滅作戦は無事終わり、その跡地はすべて焼き尽くされて灰以外何も残らなかった。
このあとそこには新たに町が拡げられる予定で、担当の役所では既に町づくりの青写真の作成が進行し始めていた。
そんななか、ジェラルディンは学院長の許可を得て、薬学部の専門教授と会っていた。
「お初にお目にかかります。
私、ジェラルディン・バラデュールと申します」
ジェラルディンは華麗なカーテシーを披露して目の前の老爺に敬意を示した。
「あなた様の事は学院長から聞いております。
ようこそジェラルディン様。
来年にはお会い出来ると楽しみにしておりましたが、此度の思わぬ出来事でその時期が早まりましたな。
さて影姫様、この爺にどのような用で会いに来られたのか、そろそろ本題を教えていただけないでしょうか?」
「実は私、この学院に入学したのはある病に対処する薬を作るためだったのです。
その薬は現在私の国では開発されておらず、そのレシピがあるとすればこちらの学院だと伺ったからですの。
でも……今回のペスト感染で優先順位が変わりましたの。
どうか教授、私にペストの治療薬のレシピを教えていただけないでしょうか」
「ジェラルディン様。
あなたの崇高な志に感服致します。
ただ、私どもが持っているレシピは限定的なものでしかありません。
まずは……このレシピを使って調薬された薬は、貴族にしか効きません。
その薬にしても現在、原材料の素材が不足していて、十分な数の薬が作れないのです。
そしてこれが一番肝心なのですが、この薬は感染初期に投薬できなければ効果を発揮できないのです」
とりあえず、貴族のためだけにある薬が開発されていたことに、ジェラルディンはホッとする。
この後ジェラルディンと薬学部の筆頭教授シルベスターンはお互いに協力し合うことを約束し、引き続き細部を詰め始めた。
王都のスラムで起きたことを預かり知らぬ衛星工業都市の民の間で、原因不明の病が流行り始めていた。
それは閉鎖的な鍛治職の、限定された地区での流行であり、公的機関がその事を知ったのは、ある大手の鍛冶屋の職人とその家族のほとんどが倒れた後だった。
その時ちょうどルルードの使用人が衛星工業都市に入っていて、すぐに報告を受けた彼女に出来たのは、ジェラルディンに泣きつくことだけだった。
「そうして泣くことしか出来ないのがあなたの駄目なところですわね。
私にこの話を持ってきた……こうなってはもう、あなたに出来る事は限られています。
この先どうなろうとも、もうヒステリックに泣き喚くことはやめて頂きたいわ。
時間は有限ですのよ?」
大鉈が振るわれようとしていた。




