283『危機』
ジェラルディンの報告で学院の教師たちの間では、文字通り蜂の巣を突いたようになった。
ひと通りの説明を終え、教室に戻ってきたジェラルディンはここでもまた、例の伯爵令嬢ルルードに詰問されることになる。
「それでも私は焼くなんて間違っていると思います!」
淑女らしくない金切り声をあげて、今にも殴りかかってきそうな剣幕のルルード。
ジェラルディンはやれやれとかぶりを振った。
「あなたは何もわかってらっしゃらない。
伝染病というものは少しでも早く手を打たなければ大変なことになってしまいますのよ。
それに……あなた方、ご自分の担当の孤児院にも病気が蔓延する可能性があるのですよ。
なにしろあそこは何が起きてもおかしくない、劣悪な環境ですから」
ガタンと音を立て椅子を蹴倒して、まずは男子生徒が駆け出していく。
ルルードと同じ派閥に属する男爵令嬢も、ルルードの顔色を伺いながら席を立っていった。
「ペストの感染源はネズミなどの齧歯類につくノミだと言われているわ。
あの孤児院にいたネズミは、逃さないように下水道も結界で遮って焼いたけど、その前に拡散していたものがいたかもしれない。
あなたも今すぐ【鑑定】や【看破】のできる者を差し向けて調査した方が良いのではなくって?」
悔しそうに歪んだ顔を真っ赤に染めて、ルルードはようやく席を立った。
「さて、さすがにこの後のことは私の独断で進めることはできないわね。
準備を怠ることはないけれど、少し様子を見ていましょうか」
学院からすぐに皇王に上奏され、その場にいた者たちは騒然となった。
すぐに王都全体の調査が命じられたが、いかんせん王都は広大で【鑑定】や【看破】を使える貴族は少ない。
だが感染爆発が起きる前に禍根は絶たねばならない。
皇王は悩みに悩んだ上、ジェラルディンの考え方を支持し、感染が拡散した場合は焼却もやむ無しとの結論を出した。
「スラムを焼く?!
あなた、気が狂ったの?」
ルルードが悲鳴をあげた。
その耳障りの良くない声を向けられたジェラルディンは平然としている。
そしてオリヴェルすら呆気に取られていた。
「スラムを焼いて緩衝地帯を作らなければ下町をも感染に飲み込まれてしまうわ。
そうなれば貴族街も無事ではいられなくなります。
あなた方、何を躊躇してられるのかしら」
「そんな事、人道上許されることではありません!!」
ルルードはどうしてもそこにこだわるらしい。
「人道上って……ほほほ、笑止なこと。
スラムの平民など家畜以下の存在ではないですか。
今、判断の遅れは致命的になり得ますのよ?」
まだまだ現実を見ることのできない伯爵令嬢は、非情になることもできないようだ。




