276『貴族の義務』
「こちらがお嬢様が担当される孤児院です」
ジェラルディンは目立たない貸馬車でバートリと共に孤児院の前にいた。
窓から乗り出さない程度に顔を近づけて全容を見る。
それは見た目はさほど痛んでいるようには見えないが、ジェラルディンの鑑定では散々な状態のようだ。
ジェラルディンに割り振られたのは下町にいくつかある孤児院のひとつだった。
そこはご多分に漏れず教会に付属していたが、経営は苦しいようでみすぼらしい子供たちが敷地内をうろうろしていた。
その子供たちをはじめ全体を鑑定していたジェラルディンの眉間に皺が寄る。
「やはり一度は訪問しなくてはいけないかしら……
あまり行きたくないのだけれど」
「お嬢様?」
「う〜ん、ここは問題ありね。
もうよくってよ、出してちょうだい」
難しい顔をしたジェラルディンをバートリが心配そうに見つめていた。
今更だが、ジェラルディンが通う王立学院には生徒カーストがある。
現在筆頭は皇国のオランデル公爵家の長子ドナシアン、次席は彼の婚約者で隣国パレルの大公女エヴァンジェリン・バクトゥリアン、そしてジェラルディンだった。
この序列というのは貴族の世界では何においても譲れないほど大切なものであるのだが、そんなところにも嘴を挟むものがいた。
今年度の貴族の新入生の中に、元平民の男爵令嬢という本来ならあり得ない存在がいた。
彼女は誕生後すぐに誘拐され、ずっと捜索されていたのだが、つい昨年辺境都市の市井で暮らしていた時に大怪我をして、その時治療した医師の届け出で奇跡的に発見された令嬢なのだ。
だが物心ついて十数年間染みついた平民意識は、わずか一年ほどでは拭い去れないものだった。
「私たちは皆、同じ人間です。
生まれ持った序列なんておかしいです!」
こんな突飛な事を言い出す令嬢は当然クラスでも浮くわけなのだが、そんな毛色の違った彼女に興味を持つ存在も同時に現れる事になる。
それはまさかの序列筆頭ドナシアン・オランデル。
婚約者のエヴァンジェリンは様子を見ていたのだが、あまりにも傾倒していくドナシアンの姿に不安を大きくしていた。
「何か、変な事を仰る方がいらっしゃるようね」
ジェラルディンは女侯爵であるが、黒の一族……いわゆる王族である。
特殊な環境ではあるが王女である母に王族のなんたるかを教え込まれてきた彼女には、たかが男爵令嬢が何を言うのかと、はっきり言って気分が悪くなる。
そして聞こえてくる醜聞。
どうしてもジェラルディンは、2年前の自分の事を思い出して気鬱になってしまう。
そしてその後間もなく、学院内の食堂で騒動が起きたのだ。




