188『報告』
その夜、普段ならもう就寝する時間に、ジェラルディンは侯爵邸で身なりを整え、影空間に潜っていった。
そして転移してやってきたのは……王宮の王の私室だ。
「ずいぶんと久しぶりだね、ジェラルディン。
息災だったかい?」
相変わらず私室でも机に向かい、書類仕事をしていた王は、もう伯父の顔をしている。
「そなたのことは侯爵邸から報告を受けていたが、もうすこし頻繁に顔を見せなさい」
「はい、申し訳ございません」
いつも傍若無人なジェラルディンも、さすがに王の前では大人しくしている。
「で、どうしたんだい?
君がここに直接来るということはそれなりの事があったという訳なのだろう?」
「はい、今私はバルヒュット連合ワンダイクという町にいます」
「またずいぶん遠いところにいるのだね。
そなたの冒険譚を聞くのは後にするとして、本題は何だい?」
「実は、身分の階級制度について由々しき事態を報告に参りました」
「聞こう」
ジェラルディンは、件のアリスティン・グズネツと【士族】という、おそらくバルヒュット連合国で勝手に作られた階級について、自分の知る限り詳しく報告した。
結果、王は眉間に深く皺を刻み、黙り込んでしまった。そして。
「バルヒュットにはそのようなものがいるというのか。
この話は私も初耳だ。
ジェラルディン、よく報告してくれたな」
青い血を持つ王族・貴族としては絶対に認められない。
赤い血の下民と交雑した時点で、その生まれてきた子はすべて下民なのだ。
それが支配者階級然として存在するなど、許されることではない。
「この事は各国の王族に報知する。
そしてそなたが今居る町、ワンダイクにはクリスティアンを派遣しよう」
「え? クリスティアン様をですか?」
「ああ、彼奴の能力を持ってしても、あちらに到着するにはそれなりの日にちがかかるだろうがな。
それと、他国からも派遣があるかもしれない」
何しろ連合国全体で行われているようなのだ。
【士族】と名乗っているものたちが大人しく平民に下るなら良し、もし反抗するならそれなりの対処をしなければならない。
この事案はジェラルディンの手を離れて、彼女が想像する以上に大事になりつつある。
翌日からジェラルディンは、アリスティン・グズネツとの接触を避けるため、高級旅館の部屋に閉じこもっていた。(表向きは)
こういう場合でも転移のできるジェラルディンは、案外自由である。
ただ、ラドヤードは自分が護衛できないので、侯爵邸など安全が確保できる場所以外に行くことに良い顔はしない。
なので今日は大人しく影空間の隠れ家に籠ることにする。
ラドヤードも久しぶりにゆっくりと趣味の時間を楽しむことが出来た。
「ルディン嬢に面会を申し込みたい」
高級旅館【麗しき戦乙女】のフロントにやって来たアリスティン・グズネツは、誰もが見惚れる自信の容姿を最大限に利用して、受付嬢に話しかけた。
……普通の宿なら通用したかもしれないが、ここ【麗しの戦乙女】の従業員には通用しない。
「申し訳ございません。
本日ルディン様はお部屋でお休みでございます。
どなたも通さないよう承っておりますので、出直していただけないでしょうか」
「いや、そんなはずはないんだ。
昨日お話したときは」
「申し訳ございませんが、お引き取り下さい」
慇懃に見えるほど完璧な礼をして、副支配人アンデルセンが対応を引き取った。




