162『避難場所』
クメルカナイダンジョンの1階層は、普段は薄暗く、ゴツゴツした岩だらけの場所なのだが、ジェラルディンの目に飛び込んできたのは人、人、人……
通路はともかく、足場が悪く普通は人が立ち入らない場所まで人が溢れかえっていた。
「何なの? これは」
ジェラルディンはラドヤードと顔を見合わせた。そして魔法陣から足を踏み出し、人をかき分けるようにして入り口に向かおうとしたが、いつもはぽっかりと口を開けているはずが見当たらない。
「え?」
「主人様、よく見て下さい。
扉が閉まっているようです」
ラドヤードが指差す方向には頑丈な金属製の扉がある。
そしてその前には見覚えのある監視人が立っていた。
いつもは薄暗いままのダンジョン1階層だが、その壁のあちらこちらに魔導具の灯りが設置されていて、それなりの明るさが保たれている。
そこに、何故だか相当な人数の人が居た。
「これはいったいどうした事なの?」
監視人の元にやって来たジェラルディンが尋ねると、彼はまず感激したように表情を崩し、そして意気消沈したように俯きがちになる。
「ルディンさん、ラドヤードさん、無事のお帰り……本当に良かった!
皆さんが潜られてからかなりの日数が経つので正直なところ……」
「そんなことはどうでもいいの。
一体この状況は何?」
「あの、実は……
説明するより、実際に見てもらった方が良いですね」
監視人はジェラルディンを、ダンジョンの入り口を塞ぐ金属製の扉に設えられた、人一人分ほどの小さな扉に導いた。そしてそこにあるのぞき窓を開ける。
「ここから外を見て下さい」
今はもう、暦では春のはずだ。
外出時も外套などは必要とせず、うららかな気候を楽しむ余地もあるはずだった。
それが。
「雪?」
それも暴風を伴う大吹雪だ。
「どうしてこんな事に?
それとも私が暦を数え間違っているのかしら」
「いいえ、ルディンさんは概ね合っていると思います。
……話し始めると長くなるので、どうぞこちらへ」
よく見ると扉に沿った壁際の奥に、周りを囲って監視人の詰所が作られていた。そこにジェラルディンたちを案内した彼は椅子を勧める。
「ダンジョンの外の施設もすべてここに移してあるんです」
小型の魔導コンロにかけてあったヤカンから木のカップに湯を注いでジェラルディンの前に出す。
よく見ると薄っすらと色が付いている、出がらしの茶であるようだ。
「最初は……10日、いや9日前の事でした。
その数日前から暖かくなって来て、これで春を感じていたものたちを嘲笑うかのように、夜半からちらつき出した雪とともに寒気が……」
監視人は言葉を続けられずに下を向いた。
「続きは私がお話します」
またまた見覚えある監視人の隊長が、代わりに話し始めた。
ジェラルディンたちを誘ってくれた彼は元の仕事に戻っていった。
「夜中に吹き荒れた吹雪と共に気温が極端に下がり、貧民街は全滅、木造の住居に住む住人もその立地によって被害を受けました。
……おそらく1000名近くが凍死したかと」
今の、彼の知人も犠牲になったのです、と続けて隊長は茶を口にした。
「それで現在は?」
クメルカナイの住民は8000人近くいるということになっている。
そのうち1000人が犠牲になったとすれば、それは大変な事である。
「実は当初、この寒気が継続するものだとは思わなくて、避難指示などは出さなかったのです。
だから結果的には3晩、同じことを繰り返しました」
「最終的には犠牲者は?」
「おそらく2000名ほどになるかと。
それでようやく木造住宅に住む住人をこのダンジョンに移したのです。
今、この1階層だけでなく3階層まで避難民を収容してます」
人が凍死するほどの寒気など寝耳に水だ。それよりもダンジョンを避難場所にするのもびっくりだ。




