第28章 最終戦
第28章 最終戦
11月になり、敬純は陽菜と一緒にMINIで『筑波サーキット』に来ている。
ここが、クラブマンレースの最終戦のサーキットで、陽菜にもサーキットライセンスを取らせる為だ。
朝、9時半に受付をして、講義は10:30から13:00まで、敬純は陽菜を送り出すと、スポーツ走行をしているライダー達を見学して時間を潰した。
今週末にはクラブマンレースの最終戦がここであり、陽菜のレースデビュー戦にもなる。
オフィスに行って
「日曜日のN- アンリミテッドに出場する選手なんですけど、スポーツ走行のクラスどれになりますか?」
「公式記録はありますか?」
「富士とSUGOの公式ラップタイムならありますが、競技記録はありません」
「それでしたら、Bクラスで走ってください」
「僕はRクラスなんですが、先導の為にBクラスで走れますか?」
「はい大丈夫です」
と言う事で、レース前の土曜日の走行チケットを予約しようとしたが、レース前という事もあり
陽菜の分は一回、自分の分も一回しか予約できなかった。陽菜の出場は急遽決めたので仕方が無い事でもある。
「終わりました〜」
と陽菜がMINIのシートを倒して昼寝をしている敬純の所に来た。
「このサーキット狭いんですね」
「そう、だから大きいバイクだとつまらないんだよね、それで雅俊はここのレースに出ないんだ」
「そうなんですね」
と言う陽菜の胸元にはゴールドのチェーンで吊ったエンゲージリングが光っている。
筑波サーキットまでは葉山からは二時間ちょっとだ、だから日帰りをしても良いのだが、それは面倒なので、敬純は毎回サーキットから20分程の『つくばの湯 アーバンホテル』に泊まる事にしている。
例によって、金曜日の夕方から、二泊する事になる。
豪華な温泉ホテルと言うわけではないが、それなりの部屋と温泉が魅力な所だ、そして近所に『quadrifoglio』(クアドリフォリオ)と言う美味しいイタリアンの店が有るのも気に入っている。
天気が悪くなりそうなので、V4RもV2Sもタイアは『DIABLO RAIN』を予備に二組持って行く事になる、いつもの政明の店で交換してもらって、ついでに
「来年からタイヤを『ブリヂストン』に変える事になる、よろしくな、それとST600クラス様のタイヤも
用意しておいてくれ」
「え、マジかお前が買うと思ってSC2まだ在庫あるぞ」
「あ、それ雅俊にでも売りつければ良いだろう」
「あーあ、ピレリの方が儲かるのに」
「悪いな、大人の事情ってやつだ、あお前んとことステッカーよこせ、ウチのバイクに貼っといてやるよ」
「まさか、スポンサー料よこせとか言わないよな?」
「それは無いから安心しろ、メインのライダー達のタイヤは支給になると思うから、俺のバイクとST600だけは世話になると思うからよろしくな」
敬純の所には既にブリヂストンの担当者から連絡が入っていて、来年のワークスマシン二台のタイヤ支給についての交渉は終わっていた。向こうは敬純がずっとピレリを使用しているのを知っているので、かなり良い条件で支給してもらえる事になっている。
なんと無く嫌な天気の中、筑波に向かい、ホテルに到着。
そのまま、イタリアンの店に行って夕食。
二人共ワインを飲んで、パスタコースを頼む、陽菜はトマトソースのパスタ、敬純はクリーム系のパスタにした。
「美味しいですね、イタリアを思い出します、来年も行けると良いなぁ」
「そうだね、来年は真面目にレースをするからスケジュールがタイトだけど、それでも行きたいね」
「あ、そう言えばもう決まったんですよね、誰になったんですか?」
「このレースが終わったら発表する予定なんだけど、選考会で3番のバイクに乗った吉田耕作選手と4番のバイクの杉原勇選手に決まったよ」
「3番の選手って一番若い人ですよね、喜んでるでしょうね」
「ああ、本人達にはもう伝えてあるから、色々と準備を始めてる頃かな」
食事の後は大浴場でのんびりとお湯に浸かって、今日は就寝。
土曜日も嫌な天気だが、雨は降っていない様だ。
陽菜の走行時間が来て、一番ソフトなスリックタイヤSC0を履いてコースイン。
「いつもと同じね、最初はゆっくり走るから」
敬純はこのサーキットを全力で攻めれば0'56台で走れるが、クラブマンのOver40クラスでは1分を切れない参加者しかいないので、軽く流しても優勝できる、雅俊が居ないとつまらないと言うのはそう言う理由だ。それは陽菜の出場するNアンリミテッドクラスも同様で、もし陽菜が1分を切って走れればもう優勝は確実と言う事になる。
ただ、陽菜は初めてこのサーキットを走るので、流石にそれは無理だとは思うが
とりあえず、1'05"台で走行を始める、予想通りこのタイムなら陽菜は余裕で追走してくる様だ、イモラでV4Rで走ったのが良い経験になっている、V2Sの方が軽いので、狭いこのサーキットでは乗り易いと言う事もあるだろう。
敬純はそのままペースを上げて、1’00"台でピットイン、後は陽菜を好きに走らせる事にした。
そして陽菜は、0’59”台で周回した所で、黒旗を提示されてピットイン、Bクラスで走るのには速すぎると判断された様だ。
敬純は先日の係員との会話の録音を持って、Bクラスで走る様に指示をされたと抗議をしたが、受け入れられず、陽菜の走行はこれで終了となった。
ただ陽菜的には、『狭くてイライラするから、丁度良かった』と言う事なので問題は無い様だ。
一応敬純の走るRクラスに空きが無いか聞いて見たが、明日がレースなので売り切れと言う事で仕方が無い。
敬純はRクラスのでの走行を0'57"台で周回して、走行を終えた。
時間が余ったので、バイクを二台スプリンターに仕舞って、時間が余っているので筑波山まで観光に行く事にした。と言っても山に登ったわけでは無く途中の神社まで行っただけだが。
一応二人で勝利祈願をして、ついでに交通安全と家内安全のお守りをもらってきた。そして『常陸牛料理 ひたち野』で少し早めの夕食を食べて……『常陸牛しゃぶしゃぶコース』に肉を二人前追加して豪華な夕食となった、陽菜は焼肉やすき焼き、ステーキよりしゃぶしゃぶが好みなので
陽菜に合わせた事になる。
ホテルまで戻り、大浴場で湯に浸かって、就寝。
「雅俊さんが、ここは嫌いって言うのわかった気がします」
「そうだよね、僕も実はあまり好きでは無いけど、クラブマンはここで二戦あるからね、あ、でも陽菜が来年走る地方選手権のST600はここがメインだからね、まぁV2に比べたらST600仕様のR6は軽いし速度も出ないから、その分狭いサーキットでも楽しいと思うよ」
そして夜のお勤めをして就寝。
翌朝は受付が6時半からと早いので、5時過ぎにはホテルをチェックアウトしてサーキットへ
生憎の雨模様だ、サーキットに着いて受付をしている間に、陽菜のバイクのタイヤをホイール事交換、
そして、車検を済ませてから、敬純のバイクもタイヤを交換して車検に。
違うクラスに出場するクラブ員が手伝ってくれるのはありがたい。
そして雨の中、陽菜の予選が始まる、V2Sを雨の中で走らせるのは初めてで、最初は1'20"台で恐る恐ると言う感じだったが、周りの先週のペースに合わせる様にタイムを上げて、6周目には1'08"478でフロントローを確保、やっぱり才能があるのは間違い無いと敬純は思った。
そして自分の予選、雨足が少し強くなった中、敬純は早々と3周目に1’07”958と、他のライダーたちに4秒以上の差をつけてポールポジションを獲得。二位の選手はPanigale V4Sに乗る選手だった。
そして雨の中結構なギャラリーが居たので何かと思っていたら、前回の筑波のレースに引き続いてC.S.S.Cクラスと言うHarleyのレースに俳優の岩城滉一が出場していた様だ。
少し休憩して……雅俊がのんびりとやってきて
「雨の中こんなサーキットでレースなんて、俺は絶対無理だな、まぁ頑張れ」
と嫌味なのか応援なのか良くわからないコメントをして、陽菜には
「大丈夫か?、雨の時はなるべく早く先頭に立つんだ、水飛沫で視界が悪くなるからね」
と思い切りマトモなアドバイスをしている。
11時を過ぎて陽菜のレースが始まるので、コースイン、何故か雅俊も真理子も付いて来た。
シグナルが変わると陽菜は絶妙なスタートでトップに立ち、なんとそのまま7周をトップで走って二位のCBR1000Rの選手、しかも格上のエキスパートクラスの選手に大差をつけて優勝した。
クラブマンレースとはいえ初レースで初優勝は敬純でも経験した事がない。
そして午後1時からは敬純のオーバー40クラスのレースになる。
こちらはジジイなので6周のレースになる、雅俊が出ていないので敬純は余裕でポールtoウィンで今年のレースを終えた。
来年は全日本のレースがメインの活動の場になるので、もうクラブマンは出場できないかもしれないが
富士のレースだけは出たいと思っている敬純だ。
そしていつもの様に自前のマグナムボトルのシャンパンを振り撒いて……雨なので地味な感じになったが……さっさと片付けモードになるが、クラブ員達が何名か出場する、ED3000のレースが終わるまではサーキットに居る事になる。
それでもハーレーのレースはそれなりに楽しいし、雨が降りさえしなければ、楽しいレース日和となるはずだった。
陽菜は今回のレース参加を事前に公表していて、今日の動画を上げた後でLive配信をして重大発表をすると言う告知をしている。
そして、今回会場に居た陽菜の登録者達には、大会プログラムなどで、ゆかりんの本名……渋川陽菜だと言う事が知れていて、既に何人かはSNSで、
「『ゆかりん』さんついに本名を公表」
と言う書き込みがあり、更に熱心なファンはレースの実況をしていた様で、陽菜のSNSのには、
『優勝おめでとう』と言うコメントが溢れている。
全てのプログラムが終了して、みんなの片付けを手伝って、敬純はクラブ員達に
「12月にチームのファクトリーの落成式をするのでみんな参加して欲しい」
と言って今日は解散した。
「さて帰ろうか」
「はい、お疲れ様でした」
と言うことで2時間ちょっとのドライブで葉山まで帰り、そのままいつもの寿司屋に寄って夕食。
これで敬純の2025年シーズンは終了した。
翌朝に、ガレージにバイクを降ろして、いつもの整備を二台分。
レースは終わったが、今年はまだ、あと数回走る事になるので、念入りにチェックを行う。
そして庭にある物置に行く。
「この物置、そう言えば中見た事が無いですけど、何が入っているんですか?」
と陽菜に聞かれて、鍵を開けて扉を開く。
「え、これってオフロードバイク?」
「そうだよ、僕はシーズンオフはオフロードバイクでトレーニングする事にしてるんだ、これは元々はヨーロッパのレーサー達が始めた事でね、あのロッシなんかは、自分の家にオフロードの練習用コースがある位なんだ」
「そうなんですか、ちょっと意外です」
「でもまあ普段は乗らないからね、こっちの物置に装備とかと一緒に仕舞ってあるんだ」
と敬純はオフロードバイクのYAMAHA YZ250Fをガレージに運び、オイルやクーラントを全部交換して、バッティーを繋ぎ、ガソリンを入れてエンジンを掛ける。
単気筒のドコドコと言うサウンドが聞こえてくる。
「ちょっと跨って走ってご覧、カーポートを一回りね」
と陽菜を走らせてみるが、全然問題無く走っている。
実は敬純はオフロードバイクの新車をオーダーしていて、それが今週入荷予定なのだ、だからYZ250Fは陽菜のトレーニング用にして、自分は新車の方を使うつもりでいる。
そして陽菜と一緒に近所のバイク用品店に行ってヘルメット以外の、オフロード装備一式を揃える。
ヘルメットは当然AGVの『AX9』 と言うオフロードヘルメットになるからだ。
チームの方はここまで色々順調だったのだが、一つ問題が発生、敬純が弟の会社を通じてコンタクトした大手物流会社……チームのトランスポーターの運行を委託する予定……から契約を断られてしまったのだ。
理由は『会社としての実態が無い』と言う事だ。
だが、この事を知った弟が激怒、その会社との契約を全て打ち切り、ライバル会社に乗り換えてしまうという事態になる、慌てた担当者や役員達が弟や敬純の元を菓子折りを持って訪ねて来たが、もう後の祭りだった。一応話を聞くと、最初に担当した人物がモータースポーツに理解を示さないどころか嫌悪を示していた様で、敬純のチームの事もどこかの暴走族程度にしか思っていなかったと言う事で、既に解雇されたと言う話だ、まぁ既に手遅れなのだが。
そんな訳で怪我の功名と言う事で、当初の予算より低めでトランスポーターの確保ができた。




