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26:元婚約者に会いました

 迂闊だった。

 いくらあのような意味不明な状況の中だったとしても、サキュバスたちの言いなりになって結界を張らずに外に出るのは馬鹿過ぎた。


 彼女らが私のことを好ましく思っていないのは知っていたはずなのに。……もちろん、さすがにここまでやるとは思っていなかったけれど。


 私は今、監禁されている。

 隙間一つなくぴっちりと閉ざされた部屋。そこの白を基調とした広いベッドの上で寝かされた状態で目が覚めた。


 うろつき回ってはみたものの抜け道や窓は一切なく、光魔法を使っての脱出方法も見出せない。

 誰かが訪れるまでは決して逃げられないのだとわかって憂鬱な気持ちになった。


「まずここがどこかというのが問題ですよね……」


 サキュバス二人に押し倒され、眠らされたところまでは覚えている。

 あの軽い口付けが私のファーストキスだったりするのだが、それはさておき。


 あの後きっと私は誘拐されたのだ。

 どこへかはわからない。わからないが……予想ならつく。


 私の身柄はちょうど人間の国、つまり私の故郷が求めていた。

 それを聞きつけたサキュバスが、私を陥れるために協力をしたのだろう。魔王陛下の愛人である彼女たちにとって正妻気取りの私の存在は邪魔でしかなく、きっと排除したかったに違いない。


 してやられた。

 魔王陛下は今頃、私が消えていることに気づいてどう思っているだろう。彼ならすぐにサキュバスたちの仕業とわかるはずだ。愛人とお飾りの妻、どちらが大事かなんて決まっている。

 ……今度こそ見捨てられるかも知れない。


 それにもし本当にこの場所が私の想像通り王城の一室であるならば、どのような形であれ私の身柄は魔国から返還されたことになり、魔国に戻るのは容易ではないだろう。

 魔王陛下が強引に連れ戻してくれるなら別だが、彼がそこまでやる理由が見出せない。


 だって私は、彼を愛していないし愛されてもいない。

 ただの名目上の妻。いくら魔国中に私の存在が知れ渡り、公に魔王妃と認められたとはいえ、それは変わらない事実で。


 それでも彼が来てくれることを願う私は、傲慢だった。


 そうしながら私はただ、目を閉じていた。

 何ができるわけでもない。そうわかってしまってからはただベッドに座り込んでいるだけだ。


 一日にも思える長い時間が経ったように思えたが、もしかするとそれはたった数時間、あるいは半時間ほどのことだったかも知れない。


 その静寂を破ったのは、ギィィィッ、という重い扉が開かれる音だった。

 カツンカツンと靴音がして、誰かが中に入ってくる。それに気づいた私は目を開け、そちらを振り返り――。


「――――っ」


 声にならない悲鳴を上げた。


 思い出したくもない記憶が蘇り、全身に鳥肌が立つ。

 彼に会う可能性は、わかっていたはずだ。でもこうして誘拐されてもなお、なるべく考えないようにしていた。


 それほどにあのことは私の心の傷になっているのだなと改めて思った。

 長年の努力を無下にされ、私の存在を否定され、ひどい扱いを繰り返された上で祖国を追われた――あの痛みが消えることは絶対にない。


「どうだ、ベリンダ。我が国への生還おめでとうとでも言ってやろうか。貴様が無事に帰れたのはわたしのおかげだ。感謝するんだな」


 ニヤリと小動物をいたぶる子供のような顔で笑うのは、第三王子殿下。

 あの意地の悪い男爵令嬢を愛し、邪魔になった私に婚約破棄を告げた、私の元婚約者だった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 馴れ馴れしくも私のすぐ隣、ベッドの(へり)に腰を下ろした第三王子殿下は、つらつらと話し出した。

 私をこうして強引な手段を使って連れ戻した理由(わけ)を。


「貴様がどうして無傷で我が国に戻れたか、わかっているだろうな?

 それはまだ貴様に利用価値が残っていたからだ。わたしの愛する男爵令嬢を傷つけたことは許さない。だが魔王に贄として嫁がせたのはやり過ぎだったと彼女が言い出してな。

 慈悲深い彼女の意見で貴様はこの国へ帰還でき、その光魔法によって国へ奉仕することで罪が許されることとなった」


 私はただ、沈黙を返す。

 怒りと恐怖でまともに歯の根が噛み合わなかった。別に第三王子殿下が何をしてくるわけでもない。でも彼そのものが今や私の恐怖の対象となっていたのだ。


「あの魔王がなかなか貴様を返さないものだから手こずったが、女型魔物……サキュバスといったか。あれらののおかげで連れ戻すことができた。あれらの体はいい。愛人として囲っても――」


 そんなことはどうでもいい。そもそもサキュバスは魔王陛下の愛人であり、第三王子殿下に興味があろうはずもないのだから。

 お願いだから早く私から離れてほしい。

 そう言いたいけれど、思うように声が出なかった。


「嬉しいだろう。もう二度とおぞましい魔王になど顔を合わせなくていいのだ。そして我が国で貴様の働きが認められ、罪が許されれば、わたしの妻となる彼女の侍女として城に置いてやらんでもないぞ」


 どこまでも私を侮辱し続ける言葉の数々。


 許せない。理不尽だ。私は何もしていないのに。

 悔しくて腹立たしくて、唇をギュッと噛み締める。強く噛み過ぎたのか血が溢れ出し、純白のベッドのシーツを濡らしていった。


「……何だ。何か不満があるのか。わたしと彼女の慈悲を、受け取りたくないのか! この痴れ者め」


 第三王子殿下が怒鳴る。

 怒鳴りたいだけ怒鳴ればいい、と私は思った。


 私は魔王陛下のお飾りの妻。決して彼らの都合のいい道具になどならない。


「不満、しか、ありません」


 震える声で、しかしはっきりと、拒絶を告げる。


「帰してください。私を今すぐ、魔国へ帰らせてください。――これは誘拐です。私はもうパーカーズ家の娘のベリンダではありません。マニグル国の妃、ベリンダ・マニグルなのですよ」

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