憂いある帰還
ネメシスが去ってからも俺はしばらく動けなかったが、ルリは早めに動けるようになっていたので、俺はこの硬直状態が解けるまでの間、ネメシスが去ってからというもの立て続けに襲ってくるモモガロスから、ルリに守ってもらっていた。
……正直、女の子に貞操を守られてるってのは男として物凄く面目ない……。
「グギュル」
考え事をしていると、真後ろから何か聞こえた気がした。
いや、うん。気がしたっていうか普通に聞こえた。
猛烈に後ろを確認したい衝動に駆られるが、まだ体の自由が戻っていないので、確認することは叶わなかった。
その結果、俺は毛むくじゃらな手で体に触れられ――
「ギャァァァァァァァァァァァァァ!!」
気付いたときにはモモガロスを殴り飛ばしていた。
「…………あれ?」
どうやら偶然にも硬直が解けたようで、事なきを得たようだ。
「アル! 動けるようになったの!?」
「ああ! なんか知らんがもう動ける! 早いとこここから離脱しよう!」
「わかった!」
ルリは目の前のモモガロスを一体切り伏せると、俺の方に向かってきた。
俺はルリが近くまで来たのを確認すると、ルリと共にその場から離脱するべく、後ろを向いて走り出した。
モモガロスは執拗に追いかけてきたものの、俺とルリのスピードに、追い付くことを諦めたのか、森から出る頃にはもうモモガロスの姿は見えなかった。
「はぁ……はぁ……ここまで来れば平気みたいだな……」
「そうだね……、アルの魔物からの人気ぶりには困ったものだよ」
「やっぱりこれ俺のせいか!? 俺のせいなのか!?」
自覚はしていたがちょっとショックだった。
だが、今は確認すべきことがあるので、そのショックは置いておいて、俺は核心にせまることにした。
「なあルリ、言いにくいことだと思うんだが聞きたいことが……」
「わかってる、あの人達のことだよね?」
「お、おう……」
てっきり話したくない過去に触れるのかと思っていたので、ルリがあっさりと自分からこの話題を出してくれたことに拍子抜けしてしまった。
「あの女の人はナンシー・リスナーさん。勇者の家系に嫁いだ人だよ。そして、あの4人の男達はナンシーさんの息子さんなんだよ」
「つまり親戚ってことか?」
「そういうことだね」
「じゃあ何であんなに疎まれてたんだ?」
「僕が『女』だったからだよ」
「……え?」
女だった。それだけであそこまで疎まれてたってことか?
「どうしてそれだけの事で……?」
「勇者の家系にはね、先祖様が善神様に強い子が生まれるよう願ったから、代々男の子しか生まれて来なかったの。だから、女として生まれてきた僕は異端で、存在自体が罪なんだって」
「いや、おかしくないか? 強い子が生まれるよう願ったとはいえ女の子が生まれたら駄目とか……。偶然男の子だけが生まれ続けてきただけだろ……。あんま気にすることないと思うぞ」
「ふふっ、ありがとね。アルならそういうこと言ってくれると思ってたよ。それで、話を戻すけど、女だから駄目っていうのは女だと弱々しそうだからだと思った僕は男っぽくなるように演じてみることにしたんだよ。少しでも強気になりたかったし、皆にも認められたかったから。まあ、結局認められることなんてあるわけなくて、男っぽく演じてきた癖だけが残っちゃったわけなんだよね」
だから髪を短くしていて、自分のことを僕って言ってたんだな……。最初にそれを聞いたときに少し渋っていたのはこういうことか……。
「ま、結局ルリに酷いことしてた結果が今回のことだな。因果応報ってやつだと思うが……」
「そう、だね……」
と言いながらも、ルリの表情は浮かなかった。憂い事があるかのような、そんな顔をしていた。
「一先ず王都に戻ろう。今ここにいるよりも休んだ方が良いだろうし」
「うん」
どちらにしろ、あのネメシスという男とはいずれ戦うことになるはずだ。
帰って休みながらあいつについて色々考えないとな……。
俺達は王都に向けて歩き出したが、ルリはときどき後ろを振り返り、その表情は最後まで浮かないものだった。




