揺れる心
「おお……。流石お前の妹だな。弱体化していたのが嘘のように身体が軽い……」
軽く身体を動かしながら言ったテスタを見て、一歩後ずさった。
「嘘、だろ……」
ある程度イルビアと戦う覚悟をしていたはずなのだが、今の俺からはその覚悟が消え去っていた。
今、俺と戦おうとして居るのはイルビア本人の意志じゃない。無理矢理テスタに身体の自由を奪われているだけだ。
イルビアは、俺が依り代にならないようにしてくれたり、俺に死んでほしくないからと、自分を殺せと言ってくれた。
その行動と言葉に、一体どれほどの覚悟があったのかは想像も出来ない。
だが確かに、イルビアが昔のままの優しい女の子であるということは理解できた。
そう、理解できてしまったからこそーー俺はイルビアに攻撃が出来ない。
「じゃあ、早速試しにぶっ放してみっか」
イルビアの身体を使い、テスタは指先へとパワーを溜めていった。
このまま何もしなければ、俺はあの魔法の餌食になるだろう。
「……くっ!」
だが俺はテスタに立ち向かうことが出来ず、そのまま後ろへ駆け出した。
「おいおい、逃げるなんてらしくないぞ? 兄なら妹の気持ちに応えてやらなきゃ……な!!」
テスタの指先から魔法が放たれ、俺の足元に着弾して爆発した。
「ごはっ!?」
爆発の衝撃で俺は吹き飛ばされ、地面をだらしなく転がった。
「どうした? まさかこの程度で終わりなんて言わないよな?」
「くっ、そ……」
身体に力を入れて立ち上がるも、その時には既にテスタが再び魔法を放つためにパワーを溜めているところだった。
今から全力でテスタの元へ走っていって攻撃すれば、魔法の放出を止めることが出来るかもしれない。
だが、それはイルビアを傷つけるということに等しいことだ。
『私を殺さないと、私は止まってくれない。だから、例えどんな状況になったとしても……きっと私を殺してね』
「っ!!」
先程のイルビアの言葉を思い出す。
俺はより一層イルビアを攻撃することに躊躇を覚え、ただ逃げることしか出来なかった。
何か、何か方法はないのか? イルビアからあいつを切り離す方法は――。
「無駄だ」
その言葉と共に魔法が放たれ、またしても俺は吹き飛ばされた。
テスタはそんな俺を見ながらゆっくりと近づいてくる。
「大方、イルビアをどうにか助けたいと思ってたんだろ?」
だが――とテスタは続けた。
「イルビアから俺を引き剥がすのは不可能だ。諦めろよアル。お前が俺を殺さないのなら、お前が俺に殺されるだけだ。最も、お前が俺を殺す気になったとしても勝てる保証はないけどな」
「……だとしても、俺はイルビアを……」
「殺せないっていうんなら、今ここで俺に殺されろ」
そう言ってテスタは指先をこちらに向けた。
「ここまでの至近距離だ。威力もさっきの数倍にサービスしてやる。今まで楽しかったぜ、アル」
そして、テスタの指先から魔法が放たれ――。
「てやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
――ることはなく、何者かがテスタに向かって斬りかかり、魔法の発動は中断された。
「ちっ。バレちまったか」
斬撃を避けながらそう呟くテスタだったが、さらにそこへ別の人物からの強靭な腕による一撃が襲いかかった。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「あらよっと」
テスタは間一髪のところで攻撃を回避し、腕の攻撃はそのまま地面を大きく抉った。
「ライトランス!!」
さらに攻撃は続き、死角から放たれた光の槍がテスタへと向かってきた。
「ダークジャベリン」
それに気づいたテスタは闇の槍を光の槍へとぶつけ、相殺した。
「……随分と頼もしい仲間が居るんだな? アル」
そう言ったテスタの視線の先には、村で待機していたはずの三人の姿があった。




