静かな村
「……何も起こらないな……」
今、村長やテスタの引率の元、村の人たちの避難が行われていたが、邪神が出てくる気配は微塵も感じられなかった。
だが、こうやって油断させてからいきなり出てくる可能性もある。より気を引き締めておいた方が良いだろう。
そう思っていたのだが、その警戒もむなしく、村の人たちの避難は随分とあっさりとした形で終わってしまった。
なんでこうも姿を現さないんだ?
俺達は確かに邪神に呼ばれてシルス村に来たはずだ。それなのに、いつまで経っても邪神は姿を現さないどころか、村人の避難にも手を出してこなかった。
他の三人も警戒は解いていないものの、怪訝そうにしていた。
「うーん……。なんで出てこないんだろうね? どこかで僕たちを見ているとは思うんだけど……」
「もしかしたら、何らかの理由でこの村から離れたのかもしれないわね」
「そうだったら良いんだけど……」
ヘレンさんの言うことにも一理有る。既に邪神がこの村に居ない可能性もゼロではない。
だけど、邪神はそんなに甘いものではないだろう。絶対に邪神はこの村のどこかに居るはずだ。
だけどここまで姿を現さないとなると……。
「……あと頼れるのはテスタの情報くらいだな……」
俺が呟いたその言葉に、三人が振り向いた。
「テスタさんって……確かさっき村の人たちを引率してた男の人よね? どういうことなの?」
「さっき村の人たちを引率しに行く前に言ってたんです。『最近怪しい気配を感じるところがある』って……」
俺の言葉に、ファルは何か合点がいったようで、
「ねぇアル君。騎士団がこの村の調査に来たって話、覚えてる?」
「ああ。覚えてるぞ」
確か王様が俺の正体を探ろうとして騎士団送ったんだよな。でも、同行した神官さんが村の近くまで来たときに何かを感じ取って気分を悪くして――。
「……まさか」
「多分アル君が予想してる通りだと思うんだけど、あのとき神官さんが感じ取ったのは、邪神の気配だったんじゃないかな?」
「つーことは、少なくともあのときには既に邪神はこの村に居座ってたってことか……?」
「そう考えるのが一番しっくり来るよね……」
思えば、テスタも"最近"怪しい気配を感じると言っていた。
もし邪神が昨日今日でこの村に居座り始めたのなら、最近なんて言葉が出てくることはないはずだ。
ずっとこの村に居座って、邪神は一体何をしていたんだ……?
「おーーーい! 何とも無かったかーーー!?」
振りかえると、引率を終えたであろうテスタがこちらに向かって駆け寄ってきていた。
「ああ。ほんとに邪神が居るのかってくらい何ともなかった。そっちはどうだ?」
テスタは俺の前に着くと、ふぅ。と一息ついて、
「こっちも異常なしだ。でも村長は念のために村の人たちを連れてもっと離れたとこに避難させるってさ。ま、俺はお前に教えなきゃいけないことがあるから戻らせてもらったけどな」
「そっか……。悪いな。危険なことに巻き込んで……」
「気にすんなよ。お互い迷惑かけあってきた仲なんだしな」
「テスタ…………」
テスタの優しさに感動していると、ヘレンさんが口を開いた。
「お話し中ごめんなさい。テスタさん、最近怪しい気配を感じる場所があるというのは本当ですか?」
「あー、アルから聞いたんですね。本当ですよ」
「では、その場所に案内していただけませんか?」
「いいですよ。最初からそのつもりでしたし、ただ――」
テスタは申し訳なさそうに頬をかきながら、
「案内するのは一人だけでお願いします」




