ミス
リネアの家に戻り、空腹に耐えながらもテーブルに突っ伏していると、玄関が開く音が聞こえた。
や、やっと帰ってきたか……。
リネアは俺の居るカウンターの奥の部屋に入ってきたところで俺の存在に気がついたらしく、
「あ、もう帰ってきてたんですね。お疲れ様で――――――何ですかそれ」
リネアの視線は、テーブルに置かれている焼き鳥に向けられていた。
「ムルバード……だったものだよ」
恐らく死んだような目をして答えたであろう俺を見て、リネアは申し訳なさそうになり、
「……えっと、その様子だと屋台に寄ったみたいですね……。すみません。屋台もあんな風になっていることを伝え忘れていました」
「それについてはもう良いんだ。ただ、今は何か食べられるものが欲しい……」
「そ、そうですか。わかりました……」
そう言って、リネアは買ってきたであろう野菜や肉を袋から取り出して――。
「ってリネアさん!?」
「ひゃいっ!?」
突然大声で叫んだことにより、リネアから聞いたこともないような声が聞こえたのだが、今はそんなことを気にしている場合じゃない。
「何で綺麗な状態で野菜とか肉が買えてるんだ!? 俺、買った瞬間に商品を地面に叩きつけられたぞ!?」
「青果店にも行ったんですか……」
リネアは少し呆れ気味になりながらも、口を開いた。
「最初から商品を持っているだけでいいんですよ」
「最初から……商品を?」
「はい。『それください』と言って商品を指差して買うのではなく、商品を自分の手で取って『これください』と言って商品を買えば、最初から最後まで店主さんに商品が渡ることはありません」
「お、おお……。なるほど、そんな手が……」
「でも、この方法を使うと袋をくれないので、袋は持参しないといけないのが不便ですね」
「それは商品を買ったあとに『袋ください』って言えば解決じゃないか?」
俺の言葉にリネアは溜め息をつき、
「店主さんの手に一度でも渡ってしまえば大変なことになるということをもう忘れたんですか? ビリビリのズタボロの状態で渡されますよ?」
「どうしたら袋がそんな風になるんだよ!?」
「私の時は『袋ですね! かしこまりましたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』と言いながら店主がビリビリに引き裂いたものを渡されました」
「なにそれ怖い」
狂気しか感じない。早く何とかしないと……。
「次に買い物するときは常に商品は店員に渡さないと肝に命じておいた方が良いですよ」
「そ、そうだな……」
渡したらもれなく価値0になるからな。
「……でも、そしたら他の人達はどうやって買ってるんだ? 狂って自我がほとんど無いとは言え、何か食べなきゃ動けないだろ?」
「……もしかして、街を調査した中で一度も街人の買い物を見なかったんですか?」
「怪しいものばっかり探そうとして、人のことはあんまり見てなくてさ」
「……なら、知らない方がいいですよ」
「え?」
「あれは買い物なんかじゃないですから……」
そう言いながら遠い目をしているリネアを見て、俺は知らない方が幸せなことなんだろうなと察した。
「それより、手紙の手配はどうなったんだ?」
「手紙ですか。……それなら、どうにか受け取ってもらえそうです」
「そっか。あとは謁見の許可が出ればいいんだが……」
「…………」
「……リネア?」
「……へっ? あっ、すみません。ボーっとしてしまいました。お昼御飯、作ってきますね」
「え? お、おう。頼む……」
リネアがどこか思い詰めた顔をしていたように見えたが、あれは一体……。
ちょっと心配になってきたな……。でも、聞くのは野暮だろうし、だからと言ってそのままにしておくのもなぁ……。
結局俺は何もリネアに聞くことも出来ないまま、ただただリネアが料理を作る様子を見ていた。
「……あ、そうだ。リネア」
「はい?」
「塩と砂糖の間違いに気を付けてくれ」
「……私をなんだと思ってるんですか……?」
待って軽く睨むのやめて。怖い。
「け、今朝は間違ってたから、き……気を付けていただけたらな―と……」
「え? …………あの、間違って……ました?」
……んん? リネアが驚いてる?
「あ、ああ。他のやつも色々間違ってたぞ?」
「す、すみません……。ちょっと考え事をしていて……」
もしかして、朝食のあれは意図的にやったわけじゃなかったのか?
「次から気を付けてくれればそれでいいって」
「すみません。ありがとうございます」
こちらこそごめんなさい。わざとやったんじゃないかと疑ってました。
でも、料理をミスするほど思い詰めてたってことか……。
早く依頼を解決して、ひとつでも悩みを減らしてあげなきゃな。




