どこかおかしい街
ガル街の入口、そこでは門番が二人で見守りをしていた。
門番は特に変な様子もなく、黙々と街に入るための手続きをしてくれた。
「ではここの通行を許可する。ようこそガル街へ」
街の人が狂っていると聞いていたから、当然門番の人も狂っていて、街に入ることすら難航するかと思ったが、他の街と同じような手続き方法だったし、問題なくガル街に入ることが出来た。
「なんか……案外簡単に入れちゃったな……」
「当たり前です。もしも外部の人間の出入りを規制していたのなら、調査が少しくらい入るはずですから」
「ま、そうだよな……」
しかし、狂っているとのことだったが、街中の人も特に変わった様子がないし、どこにでもありふれた光景しかなかった。
「……? これのどこが狂ってるんだよ?」
「見ていればわかります」
見ていればわかる……ねぇ。
言われた通りにしばらく街の人達を眺めていると、おつかいの途中と思われる子供がつまずいて転倒し、野菜を地面に落としてしまったのが見えた。
思わず駆け寄ろうとしたが、俺と同じことを思ったのであろうガタイのいい男の人がそちらに近づいていったので、俺はその場に立ち止まった。
なんだ、人のために動こうとしているし、全然狂ってないじゃないか。
そう思っていた俺の目の前で、その男は野菜を踏み潰して、そのまま一度も振り向かずに去っていった。
「……は?」
あいつ、何であんなことを……。
目の前で見せられた信じられない行動に俺が唖然としていると、転倒した子供が力無く立ち上がり、踏み潰されてしまった野菜を雑に握って前へと進み始めた。
「何してるんだあの子……。あんな状態の野菜、もう食べられないことくらい子供でもわかって――」
直後、俺の言葉を遮るように荷物運び用の馬車が人波に突っ込んだ。
衝撃で吹き飛ばされる者、馬車に踏み潰された者、大怪我をした者が何人も居たが、馬車の操縦士は特に悪びれる様子もなく、そのまま前へ前へと進んでいった。
そして、そんな事故があって何人もの負傷した人が倒れている中、助ける人が居ないどころか、事故現場に振り向く人さえも居なかった。
「……なんだよこれ、おかしいだろ……」
俺がどうすることも出来ずにいると、馬車の被害にあった人たちが徐々に立ち上がり、ある人は血を流しながら、ある人は足を引きずりながら、今の出来事をまるで気にすることもなく元通りの進行方向へ進みはじめた。
「もう気づいているかもしれませんが、男の人が野菜を踏んでしまったのは故意ではなく、元から眼中に子供なんて居なかったんです。そして、これが今のガル街です。皆は人として大事な何かを失ってしまいました」
「……狂ってるってのはこういうことか」
見た方が早いと言っていたリネアの言葉の意味を、俺はようやく理解することが出来た。
「唯一の救いは奇跡的に商業活動を維持できているという点ですが、いずれはそれも……」
確かに、こんな状態じゃいずれは商業活動どころか、街として成立しなくなってしまうくらいになってしまうだろう。
「でも、流石にこんなことが起こってるなら、外部から来た人ならおかしいって気付くだろうし、きっとどこかに知らされているはずだと思うんだが……」
「私も最初はそれを期待しました。ですが……」
リネアは暗い表情をしながら俯き、
「その人たちも街の方々と同じように、何かが起こってもまったく見向きしませんでした」
「ってことはやっぱり外部の人にまで効果があるのか……」
「はい。つまり現状、この街で確実にまともだと言えるのが私とアルさんだけです」
確実に……? それってもしかして、他にもまともかもしれない人が居るってことなのか……?
「とりあえず、ここは必ずしも安全とは言えませんので、私の家に案内します。ついてきてください」
「わかった。頼む」
「無いとは思いますが、私のことは絶対に見失わないでください。それと、周囲で何が起こるのかわかりませんから、常に警戒を怠らないでください」
「街の中だってのに気が抜けないな……。こんなの初めてだ」
「そうですね。だから、アルさんが早く元通りの街にしてくれるって、私、信じてますから」
「随分と重い信頼だな……まあ、依頼を受けたわけだし、責任を持ってとりかかるけど……」
「言いましたね? ではもしも街が元に戻らなかったらここに来る途中にあった森の最深部にアルさんんを置いていきますね。オークが居た森とモモガロスが居た森、どっちが良いですか?」
「さーて是が非でも依頼を成功させなくちゃならなくなったぞー」
依頼に失敗したらトラウマの森に置き去り。そんな言葉に俺は失敗するわけにはいかないと本能的に悟り、そんな俺を見ていたリネアはクスリと笑った。




