買い物(金曜日〜土曜日)
「へえ、水族館? いいね」
「そう?」
「うん、魚眺めて話題も有るしね。大きな水槽とか雰囲気もいいよね」
翌日、お弁当を食べながら梅香に報告すると、にっこり笑った彼女にお墨付きを貰った。
梅香にそう言って貰えたら安心だ。
改めて雄大との初デートは水族館に決定。
「でも、何か不思議だよね。16年も一緒に居るのに今頃初デートって」
「……やっぱ変?」
「ううん。ただ、それでも緊張してる晶が何か不思議な感じ」
だって、緊張しちゃうんだもん。どうしてするのかなんてわたしにも分かんないよ。
「初々しくてイイよね」
「そ?」
「うん、羨ましい」
「……」
そうなの? 私からしたら、緊張なんかしないで楽しそうにデートしてる梅香の方が羨ましいけどな……
考えて複雑な表情をした私に、梅香がニヤリと笑って言った。
「そうと決まれば、明日の服選びに気合い入れないとね」
「へ? や、別に、そこまで……」
「何言ってんの」
確かに、何を着て行こうかとは思ったけど、そんなに気合いを入れるつもりなど無いのに。長年の付き合いだし、何よりも『頑張ってる』と思われたら何だか恥ずかしい。
「ユータくんのハートを鷲掴みにしないとね!」
「はあ!?」
一体どんな服を着せるつもりなのだろうか。梅香に相談した事を少々後悔しつつ、私以上に盛り上がっている彼女に怖ず怖ずと言った。
「……あの、梅ちゃんフツーでいいから。フツーで」
「普通ね! 任せて!」
「……や、あの」
両拳を握り締めた梅香に、胸中が不安で一杯になる。
「明日、10時にモール入り口ね!」
「……分かった」
これ以上何を言っても無駄な気がして、取り敢えず了承の返事をした。
***
翌日、約束の時間3分前に待ち合わせ場所に行くと、既に待ち構えている人影があった。
春らしい花柄ふんわりチュニックに春ブーツを合わせた彼女は握った両手を腰に当て、仁王立ちで「遅い!」と言った。……服装とポーズが合ってないよ、梅香。
「未だ時間になってないよ?」
「だって待ちきれないし!」
「……なんで梅ちゃんがそんなにワクワクしてんの?」
苦笑を漏らした私に「だって」と再び口にして、興奮気味に声を弾ませた。
「晶が漸く乙女に目覚めたんだから」
「は?」
「服とか殆ど興味無しだった晶が『何着よう』だもん。テンションも上がるよ!」
「……はは」
まあ、否定は出来ない。現に今日の私の服装は、七分丈Tシャツにジャケット羽織ってゆったり目のジーンズ、スニーカー。
だって、買い物ってことは歩き回るんでしょ? 楽な格好の方がいいじゃない?
そういうと、いつも然程変わらないじゃないかと突っ込まれた。
「晶せっかく可愛いのにさ、勿体無いよ」
……これでも一応、自分なりに気に入った格好をしてるんだけど。まあでも、デート用って感じじゃないのは分かってる。だからこそ梅香に相談した訳で。
それに、「可愛い」っていうのは、梅香みたいに女子力の高い子に使う言葉じゃないのかな。私は、あんまり女の子っぽい格好とかしないし。
やや沈んだ私の肩をポンポンと叩いた梅香が口の端を弛めた。
「益々いいよ」
「は?」
「普段可愛いの着ないのに、不意にやるとそのギャップがさ」
「ええー……でも、退く可能性もあるんじゃ……?」
「いいから任せなさい」
自信満々な梅香に苦笑再び。ホントに大丈夫かな。私にそんな可愛い服が着こなせる?
「着られてる」になりそうで冷や冷やする。どうか、大人し目のコーディネイトになります様に……
願いも虚しく、一件目に連れて来られた店に唖然とした。
店頭には、ヒラヒラ花柄の服を召したマネキンがでんと据えてある。店内もどうやら似たような雰囲気で、可愛らしい服を着た同年代らしき女の子が群れている。
いや、無理。レベル高すぎるでしょ?!
「どう? ここ、割と安めで可愛いんだ」
にっこりと振り向いた梅香は、私のテンションが下がった事に気付いたのだろう。
浮かべた笑顔を若干引き攣らせたものの、そこで退くつもりは無いらしい。
「とりあえず入ろ」
有無を言わせず、私の腕を引っ張って中へと導く梅香に、内心逃げたい気持ちで一杯だった。
案の定、店内で浮いている私に構わず次々と商品を掘っていた梅香が、2、3点の服を持って私の方へと近付いてきた。
一応、梅香が物色している間に手近なハンガーに掛かっている商品などを見ていたんだけれど、どれも揃ってヒラヒラしていて私の引き出しには無い物ばかりだ。
こういった服を着るなんて自分では想像出来ないけれど、梅香の中ではイメージがある様で、持ってきたその服は上から下まで揃えられている様だ。
「ハイ、これ着てみて」
「え?!」
え、全部? 試着なんて、ズボンを買う時にするぐらいで、トップスの試着なんてした事が無い。
躊躇していると、知らない間に店員さんが傍に来ていて「それ可愛いですよね〜、あたしも買っちゃいましたー」などと言いながら、試着室へと促されてしまった。
一人取り残されて途方に暮れたが、試着室をいつまでも占領する訳にもいかないので、渋々服を脱いでヒラヒラと踊る布を身に纏っていく。
着替え終わって、鏡に映る姿に愕然とした。……本気? 本気でこの格好で明日出て行くの??
「晶、着替えた?」
「ちょっ……無理!」
「何が」
「何かもうちょっと落ち着いた感じの……!」
会話の途中にも拘らず、カーテンの端からぴょこっと覗いた梅香の顔。
「あーっ! 可愛い!」
「や、無理だって」
「いいじゃん、絶対いいよ。バッチリバッチリ」
逆らう間もなく試着室の外に引っ張りだされた私を待ち受けるのは、満面の笑みの店員さんと、これまたキュートな春っぽいブーツ。
「ハイ、どうぞ〜」
自分のスニーカーが脇に退けられて目の前に鎮座したブーツ。履かない、という選択肢は存在しないらしい。困惑しつつそれに脚を入れると、すかさず大きな姿見と相対させられた。そこに映るのは、知らない私。
「……ねえ、ちょっとスカート短くない……?」
そもそもスカート自体、殆ど制服でしか身に着けない様な私だ。
それが突然、膝上10センチ位だろうかと思われるミニスカート。丈が短い上にこうヒラヒラしてるんじゃ、足元が心許無いにも程がある。
「ユータくん釘付けだよね」
「……あの、梅ちゃん」
違う。そうじゃない。満足そうな梅香に、何とか他の服をと交渉してみたけれど、取り付く島が無い。
「こういうの絶対似合うと思ってたんだよ」
試着するだけでどっと疲れた私に、上機嫌な梅香と店員さんを振り切る気力は既に無く、結局その一式を買う羽目になった。上から下まで揃えた服の価格は3ヶ月分の小遣いに等しく、更なる溜息が溢れる。
でも、元はと言えば相談を持ちかけたのは私だし、梅香はそれに全力で応えてくれただけだ。
「梅ちゃん」
「うん?」
「……ありがと」
怖ず怖ずと御礼を述べると、梅香がにっこりと微笑んだ。
「明日、楽しんできてね」
「うん」
微笑みを返すと、彼女の笑みが少しからかう様な雰囲気を帯びた。
「月曜日、話聞かせてね」
「へ?」
「この服にユータくんがどういう反応を示したかも漏らさず教えてよっ」
「ええっ」
「報告は義務だからね」
「嘘」
「超本気」
口を開けたまま固まった私に念押しをした梅香は「ランチは奢ってあげる」と言って楽し気に歩みを進めた。




