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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

賢いエルザ

作者: 有機野菜

推理ものの皮を被ったただの娯楽です。なぜなら私はミステリーが書けないから。

最近、王都ではおぞましい事件が起きていた。婦女連続殺人事件…女性が何人も亡くなっている痛ましい事件である。


被害者は女性であること以外に共通点はないとされた。年齢、身分、髪や目の色、全て異なる。三人目には貴族の娘が被害にあった。


三つ解っていることは十五歳以下の少女が被害者になったことはないこと、彼女達は一人でいた時に狙われたこと、腹部を執拗に刺されていたことだった。


王国を守る憲兵達はこの事件を解決するために奔走したが、なにも解らなかった。



憲兵の一人、フェルナンドが言った。


「俺の妻に相談してみよう!国で一番頭が良いんだ!」


このフェルナンドという男、腕っぷしは強くて熊のようなので悪人を捕まえるには頼もしい。だが、おつむのほうは残念他ならない。そんな彼に頭が良いと言われても信じられないため、憲兵達は「俺達の仕事は口外してはならない」と止めていた。


だが、五人目の被害者が出た時に、一人が「相談して解決するなら相談したいよ」と零した。


次の日、フェルナンドは言った。


「妻が容疑者を絞ってくれた!あとは誰が犯人か調べるだけだ!」


これには憲兵達が仰天した。とても信じられる話ではないため、フェルナンドの妻に話を聞きに行くことにした。




「エルザ!帰ったぞ!」

「お帰りなさいませ旦那様…まったく疲れているというのに…」

「すまん!!!」


現れたのは豊かな金髪を緩く一つにまとめた妖艶な美女であった。しっかりと服は着ているのに、メリハリのあるスタイルが解って憲兵達は思わずゴクリと喉を鳴らす。


「だから言ったでしょう。明日はお友達がいらっしゃるから無理をさせないで、と」

「お友達とは俺の同僚のことだったのか!?すまない!君の知性を感じると抑えが利かんのだ!」

「困った方…そこも愛おしいのですけれど」


美女、エルザはふうと溜息をつきながら憲兵達を見る。


「犯人を知りたいのでしょう?どうぞおかけになって?」


そこには見越したように紅茶と茶菓子が用意してあった。全員が席に着いたあと、エルザは紅茶を一口飲んでふうと溜息をついた。


「結論を述べますわ。此度の犯人は修道女のどなたかであると」


それは誰もが無意識に排除していた可能性だった。なんて恐ろしい、冒涜的なことを言うのだろう!


「ありえない!あのような恐ろしいことに手を染めるなんて!」

「そう信じたい気持ちはよく分かります。修道女と神父様はこの世でもっとも清廉な方々であられますから。だからこそ色欲による罪を犯した者を許せず、悪魔の囁きに耳を傾けたのでは?」


憲兵達は目を合わせる。この事件が起きた時に最初に疑われたことがあった。


即ち、被害者は娼婦ではないのかということ。腹部への異常な攻撃から推測された。しかし、この疑いはすぐ晴れることとなる。被害者に娼婦は一人として存在しなかったのだ。


「そうはいうが、被害者の一人は子爵令嬢だったぞ。十七歳で未婚だった」

「乙女でしたか?」

「乙女だろう」

「お医者様が乙女であるか、ご遺体の確認を?」


そのおぞましさに憲兵達はうっと顔を歪ませた。この妖艶な美女はこともあろうに、痛ましい少女の躯を暴いたのか聞いてきたのだ。修道女を犯人と決めつけるあたり、神をも恐れぬ所業だ。


だが、エルザは真剣だった。


「皆様は貴族で未婚のご令嬢ならば乙女であると思い込んでいらっしゃる。ですが、それだと説明がつかないのですよ。彼女が被害にあってしまった理由が」

「なに?どういうことだ?」


エルザは紅茶で口を湿らせる。庶民の飲み物らしい、二級品以下の安い茶葉で濃く淹れられた紅茶だ。渋いのでゴクゴクと飲むものではない。


「彼女が最初の被害者であればともかく、すでに冷酷な殺人鬼がいると噂になった後。そのような街を娘が一人で歩いている筈がないのです。ましてや貴族と解るような衣服で」

「つまり、彼女は一人では無かったということか?」

「護衛がいたのならば被害にあうわけがありません。女性だけで歩くのはまだ不安がある。ならば、彼女と一緒にいたのは秘密の恋人でしょう」


平民の街で逢引していたとなれば、秘密の恋人とやらは名乗り出られる筈がない。子爵令嬢を傷物にしただけではなく、危険な街に一人にしてしまったのだから。


エルザは続ける。


「フェルナンドから娼婦の方はいらっしゃらなかったと聞いています。しかし被害者は執拗に腹を攻撃されている。そして秘密の恋人がいる可能性…。ここで私の中で犯人は二つに絞られました。お医者様か教会の方であると」


憲兵達はごくりと息を呑んだ。医者…即ち秘密の恋人との火遊びが実を結んでしまった可能性を。その実が熟す前にもいでしまったのかもしれない。だが、エルザは違うと首を横に振る。


「子爵家のお嬢様が平民と同じ病院に通う筈もありません。ならば、お医者様の可能性は除外されるでしょう。ええ、それに。おそらく彼女達はまだ授かっていなかった可能性が高い。彼女たちにその共通点があると指摘した人はいなかったのですから」

「では、何故、修道女であると?」

「告解ではないかと…」


秘密の恋人がいることを告白した。そこで反省していればまだしも、彼女たちはきっと恋人にあうことを止められなかった。そして同じ過ちを繰り返そうとしていたのではないか、と。


「そして私の推理が正しければ、もう一つ、彼女達は罪を重ねていた」

「罪だと…?」

「これは、できれば私の妄想であってほしいことです。ですが、敢えて言いましょう。彼女たちは教会で秘密の恋人と逢瀬を楽しんでいたのだと」


彼女の言葉を正しく理解した憲兵達は、せりあがる胃液を吐き出さないように堪えた。あの神聖な場所で、最も尊い場所で、秘密の恋人と逢瀬を楽しむなど!


「ありえない。普通の人間ならば!」

「ええ、ですから悪魔の囁きに耳を傾けるだけの理由になってしまうのです」


憲兵達はバカバカしいとエルザの意見を一蹴した。時間の無駄だったと思いながら席を立った時、エルザはこう告げたのだ。


「神父様に化けた淫魔が存在しないことを祈っていますわ。そう、どこかの貴族より神の御下へいらっしゃったフリをした殿方など…。これは私の独り言なのですが、最近とても羽振りの良い教会があったように思います。炊き出しなどには使われず、装飾に消えているようですが」




どっと疲れた様子の憲兵達。その中にあってフェルナンドは生き生きした様子で言い切った。


「では、教会を調べようではないか!」

「フェルナンド、おまえ話を聞いていたのか?」

「聞いていたとも。修道女が犯人なのだろう?エルザの推理が外れたことはないのだ」


驚く彼らをおいてフェルナンドは颯爽と教会へと向かっていってしまった。それもこの街で最も大きい教会に。憲兵達はなんと冒涜的なことをと焦ったものの、エルザの言葉が引っ掛かってチラリと装飾品を見てしまった。


どれもこれも新しくなっている。大事にされてきた古いものではないことは明白だった。


突然やって来た憲兵に教会は大わらわ。いったい何事かと慌てる彼らの前で、フェルナンドは何かを思い出したように、用意していたセリフをそらんじるように言葉を紡いだのだ。


「この教会に凶悪な刃物をもった男が入っていくのを見たと通報があった。皆様の安全のためにも教会を検めさせていただきたい!」


こう言われては教会の者達も止められない、なにせ自分たちの身が危ういのだから。この場にいるべき最も身分が高いものは部屋に引きこもっているし、と憲兵達が調査することを許可する。


憲兵達が恐々と教会の中に踏み入れると、その最奥に位置する部屋から呻き声のようなものが聞こえたので慌てて中に入った。そして、そこで何が行われていたのかを知って吐き気を堪える。


エルザの言った通り、そこには神父に化けた淫魔がいたのだから。


「なんと罪深いことを!」


恐れ慄く憲兵達。その中でフェルナンドだけは真っ直ぐに部屋へと入っていき、淫魔の横を通り抜けてクローゼットの扉を開いた。更に服を掻き分けて、その奥から一人の修道女を引きずり出したのだった。


その手には赤く染まった刃物が一つ。


「殺害現場はこの部屋だな!?」




その修道女は嫁ぎ先で子ができないことを咎められていた。彼女が授からないのは、夫が愛人のもとに入り浸っているせいなのに。


子供ができないことを理由に家を追い出されたので神に人生を捧げることにした。それから暫くは穏やかな日々を過ごしていたのだ。


あの神父のふりをした淫魔が来るまでは。


修道女は告解で、淫魔の存在を知った。そして恋人の一人が妊娠したと聞いた。それでも恋人が母親として必死に生きていれば修道女も狂っていなかったかもしれない。だが、恋人は赤子を教会に併設された孤児院の前に捨てて逃げ出したのだ。


赤子は発見が遅れ、真冬の夜に息を引き取った。一度もミルクを飲むことすらなく。


修道女が悪魔の囁きに耳を貸したのはこの時だと、憲兵達に涙ながらに話していた。


「おまえの妻は本当に賢いな。この難事件を聞いただけで解決してしまうとは」

「はい!自慢の妻です!二人も悪魔を見つけてしまうとは!」

「二人?」


フェルナンドは堂々と答えた。


「あの淫魔は修道女が罪を犯すよう誘導していたのだと、妻が教えてくれました!」

「なんだと!?それは何故!」

「秘密の恋人ばかり狙われているのだから、自分が起点だとわかると言っていました!」


それはそうだ、憲兵達は見落としに気付いた。自分の恋人ばかり狙われていたのならば、自分が標的なのだと気付くはず。それを気にしていなかった淫魔は致命的に頭が悪いか、意図的にそうしていたかのどちらかだ。


「何故そんなことをしたのだ」

「妻もわからないそうです」

「そうなのか」


「人の恋愛感情ほど、理解できないものはない…と。自分の恋人を葬る修道女は、とうぜん自分を愛しているのだと錯覚する男は悪魔に違いないそうですが」

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― 新着の感想 ―
 これは、異世界版ジャック・ザ・リッパー!!と思いながら読み進め、犯人の行動の裏側に潜むもう一人にぞっとしました。犯人の行動から勝手に妄想していたのですね、気持ち悪い……。二重底のお話で、とても面白か…
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