姉だった人のことと、後悔 ①
クレヴァーナの弟の話です。
シンフォイガ公爵家は、ロージュン国において特別な立場にあった家だった。国内でも有数な魔術師の家系。
その婚姻は基本的に優秀な魔術師を産むために、結ばれることが多かった。だからこそ、我が家では――魔術師が産まれ続けていた。歴代の先祖の中には魔術師として名をはせることの出来なかった――所謂出来損ないと言われる人たちは少なからずいたと聞いている。
それでも……魔術は使えたのだ。
だからこそ、出来損ないと呼ばれてもまだシンフォイガ公爵家の一員として認められた。
だけれども私――キジェント・シンフォイガの姉であったクレヴァーナ・シンフォイガは魔術を一つも使えなかった。
両親も、二人の姉も……産まれた時から、クレヴァーナ・シンフォイガという二番目の姉に対して、居ない者として扱っていた。私もそれに倣って、当然のように姉としてなど認めていなかった。
そもそも家族として接した事などなかった。一緒に食事をしたこともなければ、まともに話したこともない。たまに見かけた時には、確かに私達と家族なのだろうと分かる見た目はしていた。魔術さえ使えれば当たり前にシンフォイガ公爵家の一員として認められ、その見目の良さも相まって引く手数多だったことだろう。
そのことは少しだけ同情したがそれだけだった。
――そもそもこの家に魔術を使えない欠陥品として産まれたのが運が悪かったのだ。
まだ生かして、世話をしてもらえるだけでも感謝すべきであるとそんな風に当たり前に思っていた。というのも過去に魔術がほとんど使えない出来損ないが産まれた際は、その場で捨てたり処分したりという例もあったそうだ。両親はまだそうしないだけ感謝してほしいと直接二番目の姉にいっていた。しかし、二番目の姉は……いつだって何を考えているか分からない存在だった。
嘆くでも、悲しむでもなく……ただ淡々とそこにいる。置物かなにかのように、周りから言われた言葉を受け入れ、顔色一つも変えない。
そんな態度を私は何処か気味が悪く感じていた。
関わっても私に利益はなく、関わろうとも思っていなかった。そんなことをする暇があれば、次期シンフォイガ公爵家当主として行動をすることの方が重要だったから。
しかし二人の姉上達は、二番目の姉のことを気に食わないとちょっかいはかけていたようだ。何をしていたかまでは詳しく知らないが、そういう噂は耳に入ってきていた。
また二人の姉上たちがやらかしていたこと……所謂若気の至りのような行動は、正直何をやっているんだと思ったものの、二番目の姉のやったことにして問題なく治めたようだった。
二番目の姉は、ウェグセンダ公爵家に嫁ぐことになった。
魔術が使えない欠陥品にも関わらず、公爵夫人になれることは本来ならありえないことだった。だからこそ喜ぶべきことであるというのに、久しぶりに見かけた二番目の姉は相変わらずの様子だった。
ウェグセンダ公爵家に嫁ぐことが出来るというのに、顔色一つ変えなかった。これから結婚をするというのに、そのことさえもどうでもいいと思っているような――そういう態度だった。
両親は一先ず出来損ないの二番目の姉を、嫁がせることが出来たことにほっとしていたようだ。このままずっと屋敷に居られても困るというのは私も感じていたことだった。
二人の姉上たちは無事に良い家に嫁いでいった。あの二人は嫁ぐ前は問題行動を起こしてはいたが、すっかりそういう行動は起こさなくなっていた。流石に嫁ぎ先でもそういう行動を起こすのは困ると両親も思っていたようだ。
二番目の姉に関しては、一度嫁がせたので両親としてはこれで親としての義務はこなしたという認識のようだ。……だからこそこの後、何かしらの問題が起こって離縁されたとしても知らないと思っていたようだ。
その二番目の姉であるクレヴァーナ・シンフォイガ改め、クレヴァーナ・ウェグセンダは無事に子供をもうけた。
黒髪と緑色の瞳の可愛らしい姪は、魔術の才能があった。
それでいて……魔術が使えない二番目の姉のことを姪であるラウレータは疎んでいない様子だった。二番目の姉が姪と一緒にいるところはほとんど見たことがない。それは父上と母上が嫌がったからだろう。ただ見かけた際は……二番目の姉が少し笑っていて驚いた。
母上が「魔術を使えないあの子より、貴方の方がずっと偉いのよ」と姪に告げた時、ごまかすように笑ってはいた。実際に魔術を使えず、何の役にも立たない二番目の姉よりも幼いながらに魔術が使える姪の方がずっと偉いのは当然のことなのに、そんな態度を取る姪のことはよく分からなかった。
――そのうち、二番目の姉が魔術を一切使えない欠陥品だと知ればその態度も変わるだろうとそんなことを思っていたのだ。
そんな二番目の姉が離縁されたのは、結婚してから六年も経過してからだった。
まさかそんなに結婚生活が続くとは思っていなかったので、私は驚いた。それも浮気をしたからの離縁らしいが、ただ何でも受け入れていた様子の二番目の姉はそういうことはしないだろうとは思った。しかし実際に浮気をしたかしないかは正直どうでも良かった。
そういうことを疑われたという事実で離縁された。
それだけでもう十分だった。
離縁された二番目の姉は、一度こちらに戻ってきたらしい。私は確認していないので知らない。そもそもすぐに父上が勘当したようだった。
元々悪評まみれで、魔術の使えない欠陥品で、それでいて嫁ぎ先から離縁されるような存在を追い出すには十分だったからだろう。
私は父上が二番目の姉を勘当したと聞いても何も思ってなかった。どうでも良かったというのが正しい。
もう二度と二番目の姉の名を聞くことも、関わることもないだろうなと思っていた。
「は?」
――まさか、その二番目の姉が……勘当されてしばらくして、隣国で活躍をするなど想像もしていなかったのだ。




