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経験の差



 他方、八鍵水明はその光景を呪詛のカラスの目から見ていた。



「ひえっ、初美のヤツいつの間にあんな怖ぇ技使えるようになったんだよ……」



 初美たちと嵌合体(かんごうたい)の魔族との闘いを見届け、引きつった顔からしゃくりあげるような悲鳴を発する。



 初美が繰り出したのは、まさかまさかの大技だ。俱利伽羅陀羅尼幻影剣、玄妙抄は逆風の秘剣『明王断(みょうおうだん)』。使う者が使えば背の高い建造物を真っ二つに切り裂くというそれを、この世界で再現してみせた。



 水明は地の底から吹き上がった魔風を自分の足元に錯覚し、その場で小さく身震いをする。

 一時は劣勢になったため、彼も援護に出ようと思ったが、潮目が変わったのがはっきりと分かったために、手を出すのは控えた。



「しっかし強引なことするな」



 水明は初美たちの戦いを思い出しながら、魔族側の手法を分析する。

 先ほど出てきたのは、見覚えのある姿だ。そう、魔族の将ラジャスのもの。

 魔族側は、一度は滅びたはずのそれを使って、さらに何かと混合させて顕現させた。

 強引な離れ業であり、行うにはかなりの力が必要となる。いや力と言うよりも、ここは権限の問題だろう。



 つまりそれが意味するものは。



(邪神の権能をかなり譲り受けてるってことか?)



 魔族を生み出すことができて、しかもそれが将軍レベルのものときた。

 となれば、かなりの権能を持たないとできないものだ。これまでにない、よほど強力な魔族が出張ってきていると見るべきだろう。クドラック並みに厄介な相手であることも念頭に置かなければ、足元を掬われることにもなりかねない。



 ……水明は意識を改めると共に、さらに目を凝らす。

 探るのは魔族の動きと、その動きがどんな意味を持っているかだ。



(さて向こうさんは一体何をしているのかね……)



 散発的な攻撃。真綿で首を絞めるような戦い方。これまでの戦いにはなかった手緩さだ。

 こういったときは往々にして、裏の意味が隠されている。相手を油断させておいて、別の作戦を講じているというものだ。


 別の都市を襲撃する。だが、これはない。すでに王手をかけている状態で別の都市を襲撃するなどまるで意味のない行動だ。

 最初に自身が言ったように、避難民を逃がして他の都市を圧迫するという策も妙だ。そんなやり方をしないといけないほど、魔族たちがリソースに困っているというのはどうにも考えにくい。それならば初めから消耗第一の猪めいた戦術はとらないはすである。



 やはり考えられるのは、散発的な攻撃の裏で、都市の広範囲を巻き込むような大掛かりな仕掛けを行うということだが――



「まったくそういった素振りもねえ。一体何がしたいんだ連中は?」



 こそこそ何かしているが、それが大魔術を構築し、都市をまるごと吹き飛ばすような仕掛けになるかと言えば、そうではない。

 人間や魔族の命を生贄にするような経路の繋がり方も、都市の構造や血液の広がりを術陣に見立てるような構築も、隠された規則性もまるでなかった。

 奥の奥まで見通そうとするものの、見つからない。



 となれば、魔族の狙いは、迅速な陥落でも、都市の壊滅でもないということだ。

 水明はその場で体育座りをしながら、拝むような形で鼻と口を両手で覆う。



「新しい魔族を生み出すための布石……違う。すでにその魔族はいるし、あとは戦をするだけでもリソースが浮く。この戦いで人間たちに恐怖を与える。それも違う。与えたところで女神への信仰を強めるだけだ。結束は強固となり、勇者に注ぎ込まれる力もさらに高まる。どこだ。答えは一体どこにある……?」



 水明が頭を悩ませる中、ふと、カラスの目が気になるものを捉えた。



「おっと、黎二たちの方は苦戦してるみたいだな。ちょっくら助けに行ってくるか」



 水明はその場で立ち上がる。

 確かに黎二の持つオリジナルのサクラメントの力は強いが、この手の相手の倒し方をいくつも手の内の持っていないため、うまくことを運べていない。



 ならば、いまこそ自分の出番なのだろう、と。

 水明がスーツの上着の裾を翻したあとには、影も形もその場には残らなかった。

                                        


  ●



「これは……」



 黎二は目の前に立ちはだかるものを見て、困惑に言葉を失う。

 市街東部へ向かった黎二たちは、現れた魔族に苦戦していた。

 苦戦、いや、ここは苦慮と言うべきだろう。別に彼らは敵に圧倒されているわけではなく、また、怪我とも無縁だったのだから。



 だが、進退に窮しているということには間違いなかった。



「厄介な。潰しても潰してもきりがないぞ……」


「うう……また気持ち悪いのが出てきたよう……」


「この魔族は以前に帝国での戦で出てきた魔族の将だと思われますが……」



 当惑の言葉を漏らしたのは、グラツィエラ、瑞樹、フェルメニアの三人。

 そう、事の発端は黎二たちが市街東部の魔族を掃討していたときだ。

 魔族を倒す最中、魔族たちが何らかの儀式めいた行動を取ったあと、突然現れたのがこれだった。

 積み上がった薄桃色の肉の山に、小さな手足が無数に張り付いたもの。



 グララジラス。以前の戦いではそう名乗った、肉塊の魔族である。



 だが、今回現れたものは本人とは違うのか、以前とは違い声も言葉を発さず、それどころか意志すらないようで、らしい行動は一切取らない。

 ただただ瘤がボコボコと膨れ上がって、増殖するだけだ。だがその増殖が厄介だった。

 この肉塊の魔族は恐るべき速度で膨張し、街を肉塊で埋め尽くさんとしている。



 それに対し、黎二たちができるのは対処的な行動だけだ。

 巨石を落として引き潰し、炎を用いて焼き焦がす。

 黎二もイシャールクラスタで斬り付けて結晶化させるが、思った通りの効果は望めない。



「っ、以前はこれでどうにかできたんだけど……」


「そうだな。あのときはお前がとどめはお前が差した。やはりあのときとは違うのか」


「うん。以前は核があって、それを傷つけることで再生を止められたんだけど……いまはそれがないんだ」


「フェルメニアさん! どうにかならない!?」


「……私の炎も移りが悪いですね。こういった敵の倒し方は……ええとっ。どうすればよかったのでしたか」



 瑞樹の訊ねに対し、フェルメニアも記憶の奥底を浚うが、明確な答えは出ない様子。

 そんな中も、グララジラスを模した肉塊の魔族は、増殖を繰り返してその面積や体積を増やしていく。このまま放っておけば、本当に際限なく増えてしまうのではないだろうか。黎二たちにそんな焦燥さえ抱かせるほど、ただただ増えて、周囲の物を圧迫し、呑み込み、圧し潰していた。



 その様は、まさに意志を持たない兵器だろう。グララジラスにはまだ思考する回路や感情の発露があったが、あれからそれらを取り除くだけで、こうも不気味なものになり果てるとは。



「っ――私は増殖を食い止めます。このまま都市があれで埋め尽くされてしまう状況はどうにかして避けないと」


「よろしくお願いします」



 黎二がそう言った直後、フェルメニアが詠唱を開始する。



「――白い炎が野を駆ける。山を飛び越え、谷を飛び越し。その勢いは火を放つが如し。我が呼びかけに答えよ友よ。我が求めに応じよ友よ。其は白火の洗礼の(ともがら)なり」



 地面に白光を放つ魔法陣が展開し、白い炎が吹き上がる。

 しかしてその白い炎は辺りに広がって領域を形成。一部が再び集い、やがてそこに炎の白馬が出現する。

 いや、白馬の姿を模した炎か。それとも馬の形態をとった白炎か。たてがみが炎のように揺らめき、足が地面を叩くたびに、そこから炎が吹き上がる。

 生物的な仕草を取る様は、さながら意思でも持っているかのよう。

 乗りやすいよう身を低くする白炎の馬に、フェルメニアは軽快に跨り、手綱を引いて乗り回す。馬が駆けた後ろには白炎の尾が引かれ、それは位置までもその場に残り、肉塊のそれ以上の増殖を防いでいる。



 あるいは燃え移って焼き焦がし、あるいは押しとどめるような線引きをして、肉塊の浸食を防いでいた。

 だが、それでも倒し切ることはできない。



 そこへ、黎二が結晶をぶつける。肉塊へ埋め込まれた結晶も負けじと増殖するが、肉塊の圧に負けて砕け散ってしまった。



「やっぱり駄目なのか……」


「ええい! 無茶苦茶な!」



 黎二が頼みとしているのは、対象を結晶化させる攻撃だ。結晶化により再生を阻害することを期待してのものだが、肉塊はそれを上回るほどの速度で増殖し、結晶の根元を呑み込んでいく。



 ……フェルメニアは白炎でできた馬を乗り回し、膨張した端から燃やしてこれ以上の増殖を防いでいる。だが、これも最良の策ではない。その場しのぎでしかない。



「っ、こうもうまくいかないなんて」


「高火力で一気に叩き潰すのが上策だと思うが……問題はそれほどの力どうやって都合するかだ」


「じゃ、じゃあ他のみんなを呼ぶ? そうすればなんとかなるかもしれないよ!?」


「……それしかないな」



 グラツィエラがそんな結論を出すが、黎二が首を振った。



「いや、ここは僕に任せて欲しい」


「とは言うが、あれだけ再生するならお前の武器との相性も悪いのではないか?」


「そうだよ! 他のみんながいるんだし、ここは応援を呼んだ方がいいんじゃ……!」



 確かにそうだ。だが、これから呼んで、駆け付けるまでの間にも、増殖は免れない。

 やるならフェルメニアが押しとどめてくれているいましかないのだ。

 あの肉塊を取り囲むドームを作って、膨張を防ぐ。あとは白い炎が、焼き尽くしてくれるはず。



(だけど――)



 だが、それをやるにはかなりの広範囲になる。いまの状態では、ドームの作成よりも早く、増殖が進んで後手後手になるはずだ。



 ゆえに、黎二はイシャールクラスタを構えた。



「黎二、くん?」


「おい、お前、一体何をするつもりだ?」



 黎二は砕けた紺碧(ラピス・ユーダイクス)の蒼い輝きを見詰め、没入へと舵を切る。

 欲する言葉を胸に抱き、聞こえてくる声に身を委ね、力を引き出す。



 あのとき、それができたのだ。

 なら、いまもう一度やっても、できないはずがない。



 黎二が再び深奥のへのアクセスを試みたそんなときだった。



 どこからともなく、黒い影が舞い降りる。

 人型をした黒。魔族ではないそれは、スーツをまとった水明だった。



「スイメイ殿!」


「水明くん!」


「ようやく来たか。遅いぞ」



 長い上着の裾を翻して、着心地を整える水明。

 黎二は突然の友人の登場に、目を白黒させる。



「す、水明……」


「よう。援軍に来た」


「あ、うん……」



 黎二は拍子抜けしたせいか、半ば呆けてしまう。その一方で、彼の放心を驚きと受け取った水明が、眉をひそめた。



「なんで驚いてるんだよ。俺の今回の役割はこれだぞ?」


「そうだね。うん、そうだった」



 グラツィエラが水明に訊ねる。



「周囲の戦況はどうだ?」


「見えるところは一通り始末しておいた。この周囲はもうあれだけだ」


「水明くん。他のところは大丈夫そう?」


「ああ、何とかうまくやったみたいだ」


「こちらは……申し訳ありません。この通りです」


「確認してる。大丈夫だ」


「相性が悪いのか倒し切れん。貴様、何か良案はないか?」


「なんだ。良案限定か?」


「当たり前だ。冗談を言っている場合ではないぞ馬鹿者」



 グラツィエラがそう苦言を呈すると、水明は不敵な笑みを見せて答える。



「なに、いくらでもやりようはあるさ。いくらでもな」



 水明はそう言うと、懐から取り出した小瓶の蓋を開けて、詠唱を開始する。



「――Inform.Sadness fear grieve over grief lament all.Your troubles are in you.Even if the time for peace is gone,the seeds of anxiety in the world will not disappear」

(――汝に告げる。恐れを悲哀し、悲しみを憂い、世のものすべてに嘆きを抱け。汝の懊悩は汝の中に。安寧のときは尽きるとも、世に不安の種は決して尽きまじ)



 水明は詠唱の合間、小瓶の中に入っていたものを、手のひらの中に落とす。

 それは、小さな球形をした物体だ。豆粒より大きく、球根より小さい。さながらそれは、よく目にするような種実類(ナッツ)のよう。



「……種?」


「そう。ああいうのには、これが一番だ」



 ――不安(Anxiety)の種(seed)

 


 水明はそれを小さく爪で弾いて、増殖する肉塊に対してそっと撃ち込んだ。

 それは当然のように肉塊に吞み込まれ――しかし何事もない。



「おい、効いていないではないか」


「そりゃあな。あれは直接攻撃するようなモンじゃないんだ。ああ、そっちは攻撃を続けてくれ。あの肉を引き潰してればいい」


「でも水明。あれには再生する能力があるから意味がないんじゃ」


「いいからいいから」



 水明が他の面々にそう言う中、フェルメニアが馬上で声を張る。



「やりましょう! スイメイ殿が一番というのなら、大丈夫です!」



 水明に信頼を置くフェルメニアは、彼の言う通りにそのまま白炎による攻撃を続ける。黎二とグラツィエラも、彼女の攻撃に同調してそれぞれの攻撃を繰り出した。

 瑞樹もいつの間にか使えるようになっていたエレメントを混合させた魔法を使い、肉塊を破壊していく。

 岩石で引き潰し、イシャールクラスタで結晶化させ、白炎で燃やす。

 しかし肉塊は即座に増殖し、元の大きさに戻ってしまった。



「水明! やっぱりこれじゃあ――」


「よく見てみろ。大丈夫だ」


「え?」



 黎二は水明の言う通り、よく目を凝らす。

 よくよく見ると、再生した部分がどす黒く変色していた。

 しかも、変色した部分は増えないばかりか、再生するたびに、どんどんと変色した部分が増えて行く。



「これは……」


「破壊するのが難しいなら、同調や変質だ。相手の再生を阻害しない形で、不利な状態を植え付ければいい」


「なんだ。つまりあれは、再生を変質させて、自滅させているのか」


「そういうこった」



 黎二はグラツィエラと水明の会話を聞いて、ふと気づく。

 彼は、この生理的な現象を知っていた。



「これってもしかして、ガン細胞……?」


「ご名答。この魔術のコンセプトはそれだ。相手の再生を止められないなら、無理に止めなきゃいい。どんなものにもそうだ。不安の種を撃ち込めば、それは勝手に膨れ上がって本人をひどく悩ませる」


「そっか、確かにそうだ……」



 黎二が、得心が行ったというように手を叩く一方、瑞樹が水明に胡乱な視線を向ける。



「水明くん。なんていうかえぐいよ……」


「えぐい言うなえぐい。何事もやりようだ。再生したり復活したりする相手には、こうして再生の在り方自体を変化させてやればいい。なにも相手を消滅させるのだけが、相手の倒し方ってわけじゃないのさ」


「なるほどな。よく考えるものだ」


「こういう不死身っぽいのを完全に滅ぼす手段は他にもあるんだが……それは奥の手に取っておきたい。あとは燃やして終わりだ。フェルメニア、よろしく頼む」


「任されましょう」



 フェルメニアはそう言うと、魔力炉心を低位臨界の状態まで引き上げ、魔力にものを言わせた高火力をお見舞いする。以前までは燃えている最中にも増殖を繰り返していた肉塊は、水明の植え付けた不安の種のせいで、ただ焼かれるだけとなった。


 こうして黎二たちが頭を悩ませた相手は、あっさりと消滅してしまった。

 白炎が燻る風景を目の当たりにしながら、黎二は感嘆の声を上げる。



「……すごいね」


「経験差って奴だな。これまで抜かれたらさすがに立つ瀬ねえし」


「そうかな?」


「そうだっての! っていうかお前また前より強くなったんじゃねえのか!? おかしいだろ!? どんな成長速度だよ!? 成長期にしたって限度があるぞ!?」



 目を三角にさせてコミカルに怒る水明に、黎二は困った笑みを見せることしかできなかった。




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