第44羽 吹っ切れて、
奮然と立ち上がったのはいいが、「えっ、なにいきなりこいつ立ってんの」みたいな視線が一挙に僕に収束してきて辛い。理事長が演説を止めて僕を見やったのが更に羞恥に拍車をかける。全校生徒が増幅するざわめきを伴って、立ち竦む僕に無遠慮な視線をぶつけてくる。
押し寄せる重圧によって、足のつま先まで体温が下がりきって冷たい。それとは対照的に突発的なストレスのせいか、胃液がグツグツと煮えたぎっているかのように腹の上部辺りが熱くて痛い。
「どうしましたか、登坂くん?」
反抗する学生を嗜めるような理事長の声がマイクを通して、体育館に響き渡る。残響に含まれているのは挑発というよりは、蟻が足掻くさまを見て嘲笑しているかのような声色。
四肢がビクつき、身体に刷り込まれた恐怖が蘇る。
どうせここで僕が出しゃばったところで退学になるだけだからと、無謀にも立ち上がったまでは良かった。その意気やよし、と自分を褒めた称えてもいいぐらいだ。だけど、やっぱり人生の脇道に逸れてしまうのは恐怖以外のなにものでもなくて―ーって。
立ち上がったからこそわかったけれど、紙を引きちぎったのはゆうりちゃんだった。彼女がつるつるな床に押し付けている掌から、白い紙がはみ出ている。……人生の分水嶺とも言える決断のきっかけを与えた彼女は、俯きながらぐっすり寝てました。
なに自分だけ眠りこけてのうのうとしているんだ、この女の子は。君のせいでどれだけ僕が危機に面しているのか分かっているのかな。いや、他人になすりつけるのはいけない。踏ん切りのつかない僕を後押しするために、やってくれたに違いない。
と、思い込もうとしているのに、前に座っていたせんりちゃんがゆうりちゃんの肩を揺すっている。寝てたなこれは、と断定するしかない決定的なものを見せつけられちゃったよ。こんな時に、マジ勘弁してくださいと言いたくなる。でもあまりにバカバカしすぎて、今度こそ全部吹っ切れた。
「ぼくはぁあ――」
うわー、うわー。まさかの第一声で声が裏返ったー。ゲフンゲフンと隠れるように咳払いしながら、喉の調子をたしかめる。どうしようもないぐらい本番に弱いな、僕は。それでもなんとか周りの人たちは僕と視線が合いそうになると、超高速で外してくれるからきっとみんな気がついていない。
そのはずだった。
だけどものそんな中で、完全に開眼してこちらを「え、馬鹿なの? 死ぬの?」と言いたげに照準を合わせているのはゆうりちゃんだった。どんだけドンピシャなタイミングで起きやがったんだ。そしてちょっとは周りの人を見習ってくれないかな、こういう時にガン見されるとキツいんですけど。
まあ、ゆうりちゃんはロリでキュートだから全面的に許す。うん、これで万事解決だ。
ダメ押しとばかりにゴホンと裏返えらないように事前に対処して、
「僕はこの島に来て、そんなに時間が経ってませんが住んでみて思ったことを率直に述べようと思います。この島に住む人たちはとても素晴らしい人たちばかりだと感じました」
出す声は震えがちになりながら、音量の波が不規則になる。かすれてしまわないように、話す途中でこの胸の奥に灯る炎が途絶える前に、僕はすべてを出し切るしかない。
どうにかして柳生の扱いが不当だということを訴えて、ここにいるみんなに分かってもらいたい。もしもここにいるみんなが僕の意見に賛同してくれたなら、その時きっとなにかが変動する時だから、だから今は全力でここにいるみんなに媚を売るっ!
確かにどれだけ僕がカッコ悪いことを胸中で宣っているかってことは、自分自身が一番身にしみてわかっているつもりだよ。それでもさ、そうしなきゃ助けらないっていうんならどれだけクズになったって構わないんだ。……なんか違うような気がしないでもないけど、今僕は立ち止まれないからっ!




