第37羽 切られていき、
シャキン、シャキンと二つの刃が重なりあう音が小気味いい。
姿見から見えるみみみさんの表情も柔らいでいて、楽しんでいるのが分かる。
ずっと重たかった頭が、髪の毛の量が少なくなるにつれて軽くなっていくのが気持ちいい。
「みみみさんって、結構というか、かなり上手ですね。散髪するの」
彼女の使っているハサミは、量販店で売られているものとどこか違って高級感がある。
手つきも手馴れていて、これが初めてだとは思えないスピードでバッサリと切っていって。それでいて不安感がないほどに、練達した技術であるのが素人目でも分かってしまう。
「まあ、ね。一応美容師目指してたから、このぐらいは」
「え、そうだったんですか?」
それは初耳だ。
「もう諦めたから、いいんだけどね……」
噛み合わさったハサミが、虚空に響く。
そういえば、この家に暮らしてからみみみさんと立ち入った話なんてしてなくて。
だから、こういう反応をされたらどうやって返答していいか分からなくて。
でも、こうして思い悩んだりする時点で、どこかたどたどしいというか、それでいいのかなって思ったりしてしまう。本物の家族だったらきっと、ノーモーションでぽんぽん会話の種が出てくるものだ。
……だけど、僕の家族はそんなことなかったな。
だからどうやってみみみさんと接していけばいいか、本当に分からない。
「『どうして諦めたんですか』なんて聞かないの?」
こちらの真意を見透かしているような瞳の色をしている。
鏡越しでもその瞳の色は、色褪せることなく、歪むことなく綺麗だった。
面と向かって他人と話すのは、僕的には実はあんまり好ましいとは言えない。
けれど、こうして鏡が相互コミュニケーションの間にあるのなら、結構心の奥底まで話せるかも。
「その、やっぱりプライバシーに立ち入るのは」
「さっき、家族ごっこするって言ったでしょ?」
「それは、そうなんですけど、やっぱり」
決心するのは容易く、実行に移すのは至難。
それは今の僕にも当てはまっていて、なかなか自ら踏み出すことができない。
「なんだか、優ちゃんってちょっとおかしいよね」
「えっ、どこがですか?」
頭かな?
優秀な精神科医のいる病院の推薦状とか貰ったら、どうしよう。
「婚約者とか、愛人とかは簡単に了承するのに、近づこうとすると線引きしちゃうところかな」
「いえ……それは……」
反射的に返事しただけであって、深い考えは一切ないなんて言ったらショックだろうな、きっと。
なんて勝手に相手の思いを測るのも、驕りだろうけれど。
「優ちゃんって、『家族』ってやつに憧れているんじゃないのかなーって思うんだ」
「憧れ……ですか?」
「そう。だからさ、結構簡単に関係を受け入れたんだと思う。でも、そこからどうしていいか分からないから、自分から逃げちゃう。そうすれば、自分は傷つかずに済むから。少なくとも、他人から距離を置かれる前にやってるからね。……違う?」
「………………」
「なんで分かるかって、実は私も……なんだ。私も怖いんだ、ほんとうは。誰かと接するのが。どうしてみんなが、そんな簡単に話せるか分かんなくて」
正直、信じられない。
こうやって普通に僕と喋れているし、この落ち着いた雰囲気は、癒し系というやつなんじゃないだろうか。僕はこうして一緒居て、やっぱりささくれだった感情が静まっていくのを感じているし。
みみみさんはハサミを巧みに操りながら話しの続きを言う。
「女子は特にさ。裏ですっ――ごい陰口言ってるんだよね。それなのに、陰口言ってた相手と会ったらケロッとしてて。それで私が悪口を注意すると、その場の空気が悪くなっちゃうの。なんか、それって辛いな……って思っちゃうんだよね」
似たような経験なら僕もある。
仲が良かったと思っていた友達が僕の悪口を言っていた、っていうのを言伝で聞いた。
だけど、それは伝言ゲームで膨れ上がった話かもしれないし、本人に聞けるほど僕は度胸なんてないし。でもなんとなくその話を聞いてから友達とはギクシャクしてしまって、それっきりになってしまった。
「私みたいな人はたまにいるんだけどさ、話してみると会話が噛み合わないんだよね。そうやって友達とあまり関係築けない人って、大概は家族だけは違う。家族だけとは話せるんだって言うんだ。……そこが、私とは違う」




