首都へ・4
順調に旅は進んで三日目の宿を取った夜だった。
その宿は冒険者の利用も多いらしく剣や弓を背負った男や女が見えた。軽く夕食を摂ろうと食堂に入った。その時。
「よう、嬢ちゃん、そんな剣を背中に背負っていても使えないんじゃ意味無いぜ」
冒険者の男がミッツェルカを見て揶揄うように絡んで来る。ミッツェルカは無視するのだが、男は女性にしては高い背丈のミッツェルカやラティーナの倍くらいの身長で、二人の四倍くらい太い二の腕を晒しながらニヤニヤしている。
それでも無視されたことに腹を立てたのか、それともミッツェルカの剣が気になっていたのか。ニュッと手を伸ばして背中に触れようとしたところでクランがその間に割り込んだ。
「あん? なんだテメェ」
「悪いけどこのお嬢さん俺が口説いてる最中なんで他の男に手を出されたくないんだよねぇ」
機嫌悪そうな男に対峙するクランは、男から見れば痩せっぽちで非力な優男。フンと鼻を鳴らしてクランの首根っこを掴もうとしたが、軽く避けられてしまい更に足を引っ掛けられて転ばされてしまう。
一部始終を見ていた冒険者たちの間から失笑が沸き上がる。
冒険者というのは男のように相手の力量も分からず突っかかる者も多い。ゆえにケンカ腰なのは多いのだが、この男は怪力自慢かつ気に入らない相手の獲物……この場合武器だ……を壊すことを楽しんでいて、この辺りの冒険者からは嫌われていた。
だからミッツェルカの剣に目を付けたことに、冒険者たちは同情したし、クランが男を軽く遇らったことに尊敬の眼差しを向けたこともまた、当然の起結だったろう。
「テメェ、コンニャロ」
醜態を晒し周辺から失笑されたことに、恥をかかされた、と逆ギレした男は顔を真っ赤にさせてクランに襲い掛かろうとする。その際、宿の食堂で使用されているテーブルを片手で持ち上げ、ご自慢の怪力でクランを圧倒しようとして。
「そこの力自慢のバカ。そのテーブルを今すぐ置いて失せろ」
ミッツェルカがブチ切れて殺気を放ちながら男に告げる。男もソロで冒険者をやっていて、それなりに危険な目に遭ったこともある。だからこそ、ミッツェルカのその殺気の恐ろしさに顔を青褪めさせ、震えながらもテーブルをそっと置いた。
ミッツェルカはそれを見ると興味を失ったように男から視線を逸らしたが、男は格の違いを見せられてそそくさと食堂を出て行く。もちろん、周囲の冒険者たち……男女問わず……も、ミッツェルカのその殺気を感じて男ほどでは無いにしても、顔色を悪くさせた。殺気を感じるほど危険な目に遭ったことのない冒険者でさえ、殺気とはコレを言うのか、と思えたほどだ。
そんな一瞬にしてこの場の空気を自分の支配下に置いた当の本人は。
「宿のテーブル壊そうとするなんて信じられない。ご飯が食べられなくなる」
ーーご飯の心配をしていた。
「本当だよね。お腹空いてるのにね」
平然と受け答え出来るのはさすが相棒か。ラティーナも唇を尖らせている。美少女はそんな表情も可愛いが、今はそこじゃない。この二人に逆らったらとんでもない目に遭いそうだ、とベテランの冒険者でさえ思ったのだから、新人に毛が生えただけの冒険者は無の境地だった。
「この宿のご飯どんなのかな。楽しみだねぇ」
のんびりとした口調でご飯のことばかり。先程まで場を支配するほどの殺気を放った人物とは到底思えない。取り敢えず適当に宿の女将がお勧めする料理をいくつか頼んで、クランに目配せしてこの食堂に居る冒険者や宿泊客に酒やジュースを一杯ずつ奢りもした。
結果、空気に呑まれていた人たちは掌を返したようにミッツェルカに対する警戒心を引っ込めて。気楽な夜を過ごすことになった。
もちろん、ミッツェルカの狙いは警戒心を解いた冒険者や宿泊客たちから首都への情報を得る、というものであった。
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