怪しい護衛任務・9
「まぁそういう考えもあるよね。教育を施したのもマナーや教養を身につけさせたのも良い所に嫁がせるため。その良い所はお嬢様にとって、ではなくて自分にとって、という。それで? なんでその父親はそんなに再婚を繰り返してる?」
ミッツェルカが問いかける。
三人にとっては当たり前のようにあったこと。貴族の世界なんてそんなもの。だがこの侍女には理解出来ない世界だろう。
「男の子が、跡取りが生まれないから、です。でも三人目の奥様はご懐妊されたので男の子かもしれない、と奥様が仰るから……」
お嬢様の父親はお嬢様に興味を失い、伯爵とやらに嫁がせようとした、と。愛玩人形にされようとなんだろうと構わないといった所か。
案外伯爵の娘として養女に出すというのは、この国では法の観点から条件が合わないのかもしれないが、それで婚約してからの結婚は尚のこと条件が合わないような気がするけれど、そうでもないのだろうか、とミッツェルカは思うけれど、まぁ今はその辺は問題ではない。
「取り敢えずお嬢様が狙われる理由は分かった。でも教会に逃げても意味はなさそうだよね。別に妹達がお嬢様を守るのは構わないけれど、いつまで守ればいいのか分からないのが難点」
ミハイルの問題点にはミッツェルカも頷く。すっかりミハイルも口出ししてるが、そこはまぁ置いといて。
「お嬢様は婚約したの? 正式に」
ラティーナが確認すればマリは否定する。
「正式な婚約は、いつ?」
「一ヶ月後です。だからそれまで教会に逃げられればいいと思いまして。婚約したらそのまま伯爵の元に向かうことになるように準備をしているのです、旦那様と奥様が」
なるほど。
一ヶ月か。それくらいならこの家で匿うのも問題は無いけれど。街中がお嬢様の父親の味方、という状況でも無い限りは。
ミハイルは眉間に皺を寄せてそんなことを考える。
「街中がお嬢様の父親の味方、という可能性は」
ミハイルが尋ねると、マリは言葉を失い……それから目を伏せた。
「可能性が無い、とは言い切れません。旦那様はお金を貸すお仕事をしているので、借りている方に命じて居場所を突き止めようとすることも有り得るかと思います」
「あー……、あのオッサンなら有り得そう」
マリが絞り出すような声音でボソボソと告げればミッツェルカの背後からそんな声が聞こえた。クランが帰って来たことは気配で分かっていたミッツェルカは動じることなく後ろを向く。
「マリさん、この男も仲間だから安心して。そんでクランはなんでそんなことが言える」
「いや、俺が護衛してる相手がそのお嬢様の父親だもん」
マリはその一言に顔色を変えてお嬢様をその背に庇う。クランは「安心して」と手をヒラヒラした。
「お嬢様の居場所を教えることもしないし、連れ去ることもしないよ。冒険者ギルドで紹介された仕事にそんな内容は無いからね」
マリは安堵の息を吐く。
「クランから見て旦那様とやらはどんな感じ?」
「敵を排除するのに容赦しないな。それと息子が欲しくて仕方ないらしい。跡取りなんだろう。だから三人目の妻が身籠っていることを喜んでる」
「その妊娠が分かったのって十日前?」
「いや、十一日前」
つまり妊娠が分かった翌日に伯爵との婚約を打診した、ということだろう。
「その妊娠、裏がある……とか無い?」
ミッツェルカの問いかけにクランは「知らない」と答えた。
「調べてくれないかな」
ミッツェルカが頼むとクランは頷く。
「デートしてくれるならねー」
「一言多いが、成果が良ければいいよ」
それくらいなら、とミッツェルカも請け負う。ミハイルが「ダメだ」と拒否しているが、クランは聞く耳持たずにサッと居なくなった。
「あの男の情報収集能力は高いから、その情報によっては、お嬢様の活路が開けるかもよ」
ラティーナが微笑むとマリは大きく息を吐き出した。……多分気を張っていたのだろう。空いている部屋に寝ているお嬢様を抱き上げたミハイルがマリを連れて案内して行くのを、ラティーナとミッツェルカは見送った。
「クランが帰って来たら話し合いだね」
「そうね。ルカは何を考えているの?」
ラティーナの質問に「多分似たようなことを考えているよ」と返事をするミッツェルカ。二人はニッと笑った。
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