従姉妹との邂逅・1
ニルクの腕に囲われた令嬢の話をするまで。の、ラティとミッツェの出会い。
「まさかの悪役令嬢……」
その呟きは、きちんとラティに聞こえていたらしく、天使なラティが復唱した。
「まさかのあくやくれいじょう?」
復唱したラティが私を真っ直ぐに見て、首を傾げた。……天使だ。天使がここにいる。ああ空想上の生物だと思った前世の私よ、認識を改めるべきだ!
そんな事を考えつつ、私は酷い頭痛に苛まれぶっ倒れたーー。
ラティーナ・ガサルク公爵令嬢。
ラティが名乗った瞬間、私は前世を思い出した。あまりにもテンプレってヤツで、オタクだった兄と妹を馬鹿にした事を、土下座して謝り倒したい。
とはいえ、前世の記憶がしっかり残っているわけではないので、自分の名前も兄と妹の名前も住んでいた地域も思い出せない。覚えているのは、日本人で、ラティの名前を聞いた時、私は19歳の大学生だった、ということ。それも、勉強を頑張ったはずなのに、本命に落ちてショックを受け、そこから立ち直れなかった大学生だったこと。
ちなみに、女だったと思う。
私自身は2次元より3次元だったが、まぁドルオタだったのだから、兄と妹を馬鹿にするのも可笑しなものだった。所謂五十歩百歩である。そして、何故兄と妹ではなく、よりにもよってゲーム・マンガ・アニメ等の2次元にハマらなかった私が、転生者、なのだろう。
それはそれは私を転生させたナニモノかに、文句を言いたかった。
では、何故私が元はゲームでアニメ化されたらしい、このラティの事を知っているのか、と言えば。
記憶が朧気でありながらも、だからタイトルは思い出せないし、他のキャラの名前も覚えていないのだけども……ラティーナ・ガサルク公爵令嬢だけは、印象深かったから、としか言えない。
ラティは、珍しく兄と妹が同時にハマったゲームとアニメだった。
正確に言えば、妹が先にゲームでハマり、後のアニメ化で兄がハマった作品だ。
普段から妹は乙女ゲームを中心にオンラインとオフラインでゲーム三昧のオタクで、兄はアニメを中心にした深夜アニメオタクであった。だからこそ、2人はオタクでありながら、ジャンル違いのせいか、2人共にハマる作品数は少なかった。
その少ない作品の一つに、ラティが悪役令嬢でいた。
このラティには、兄と妹の執念が纏わりついていた。
2人共、ラティの存在に物凄く憤っていたからだ。
王太子の婚約者だが、美人なのを鼻にかけて、他の令嬢達をブスだと見下し、けれども頭の中はすっからかんで、意地悪な性格をしていて、使用人を虐めて嘲笑し、ヒロインの身分を嘲笑い、王太子に近付けば、身分差を持ち出して虐める。
酷い女だ! と2人は息巻いていた。
だが、私はそうは思わなかった。
いや、話を聞かされているだけだから、と言えばそれまでなのだが。
そもそも、美人は何をしても許されるという風潮が世の中にはある。
頭の中はすっからかんって、それは勉強嫌いなのか、それとも勉強をさせてもらえないのか、で変わってくる。これが勉強嫌いならば自業自得だが、勉強をさせてもらえない環境故ならば、環境が悪い。そして、どう考えても後者にしか思えなかった。
というのも、悪役令嬢なので、ラティは最後に王太子に婚約破棄をされて国外追放を言い渡されるのだが。
その時に、彼女の父親である公爵が、彼女を駒にして、王家を影から操ろうとしていた……というエンディングになるらしい。
という事は、駒にまともな勉強などさせるわけがない。まともな教育を受けていないラティが、王太子妃にも王妃にもなれるわけがないのに。
という、私の持論に妹が「そんな事言っても仕方ないよ、ゲームなんだもん」と、お前がそれを言ってはアカンやろ、的な発言をした。まぁ余談だ。
話を戻そう。意地悪な性格と使用人を虐める云々については、具体的な内容を問い質したら、さぁ? と2人揃って首を傾げた。オイオイ、何をしたのか分からないのに性格が悪いって、おかしいだろうが。
そう思ったが、妹の「仕方ないよ、ゲームなんだもん」発言を再び聞く気は無かったから黙った。ここまで言えば分かるだろうか。……そう、このゲーム、悪役令嬢に対しては、随分と杜撰だった。恋愛シミュレーションゲームだから攻略対象とのアレコレとかは、きっちりシナリオが作られていたのに、悪役令嬢は杜撰なシナリオ。
色々と酷い作品だったのに、アニメ化するくらいには人気だったのが意味不明だと思うが、まぁ今さら言っても意味がない。
そして、一番意味不明だったのが、ヒロインと王太子の身分差を持ち出しての虐めとやらだが。
王族・貴族が居るんだから身分差についてアレコレ言うのは、寧ろ当然じゃないか、と持論を展開した。そもそも身分制度があって、それを誰しもが納得している以上、身分差に対する指摘は当然だろう、と言ってやったら、今度は妹どころか、兄までが
「ゲームだから仕方ないんだよ」と、宣った。
その言葉を使う上で、悪役令嬢を悪く言うなんて、なんて酷い兄と妹なんだ!
という同情心から、私は悪役令嬢・ラティーナ推しになった。
あー、もしかしてソレか? だから私、転生したのかな? ラティへの同情心が転生の鍵だったのかも、しれない。
というところまで考察を続け、そうして私は公爵家のソファーで意識を取り戻した。




